最終章

4-1.あれから



――「本番よーい……START!!」



 あの日から、1年半が経った。


 俺は何とか無事に高校を卒業し、現在は毎日B.W.Dの活動に追われている。



「はぁ……っ、はぁ……っ」

「やべー!!きっつ……死にそーー!!笑」


 週に一回のYouTube動画撮影。ゴリゴリのヒップホップを一曲通しで踊るのは、なかなかハードだ。



「……祐貴、また髪色変えたんかよ。笑」

「おう!今回はシックに決めてみたぜ」


 シック……ねぇ。

 綺麗なコバルトブルーの髪を眺めて苦笑する俺。


 結局、祐貴はデビュー以降やっぱり自分の趣味には抗えず、好感度より自己顕示欲が勝ったようだ。今じゃファンの間で“YU-KIの次の髪色当て対決”なるものが勃発してるらしい。


 そんな昔と何も変わらない親友を間近で見ていて、すげー安心してる自分もいたりする。



「次、取材なー!個別のインタビューもあるから、撮影終わった順に来てくれー!」


 松本さんは相変わらず俺らの兄貴のような存在で、B.W.Dのメンバーからの信頼も厚い。




「ではKAIさん、よろしくお願いします」

「お願いします」


「えー、デビューしてから早くも1年半経ちましたが、グループのセンターとして今のお気持ちをお聞かせてください!」



 この1年半……目の前の仕事に夢中で食らい付いて来た。さくらとの別れは正直かなりしんどくて、最初の数カ月は上手く気持ちを切り替えらんなかったけど。


 それでも、ネガティブな感情が全てではなかった。


 お互いの未来のためにさくらが出してくれた結論なんだと思えば、少しは希望も持てた。


 それに、離れたテーブルで馬鹿笑いしてるコバルトブルー髪の男の存在もでかい。さくらと別れてからしばらくは一緒に踊り狂ってくれた──いつだかの約束通りに。



「では次の質問です。KAIさんの好きな女性のタイプは?」

「えー……んー……そーですねぇ……」



 取材ではしょっちゅうこんな質問をされる。けど、その度に俺の頭ん中じゃ………やっぱりあの顔が浮かんできて。



「んー……タイプとか全然ないんすけど……。強いて言うなら、表情がクルクル変わる子かな。動きが小動物っぽいとつい見ちゃいます。あんまペラペラ喋る子よりも一緒にいて落ち着く子がいいです。…………」


 個別のインタビューを終え、同じ室内の別テーブルで待っていたメンバー達の席に戻ると、



「ぷっ、お前まじでさ、さくらちゃんに未練タラタラすぎ。きめーんだけど。笑」


 だいたいいつも、こうやって祐貴に笑われる。


「……るせぇよ」


 未練も何も、普通に今でも好きだし。さくらのことを忘れられる日なんて……来る気がしない。



 この1年半の間にも、大野からも光太郎伝いに山口からも、ちょいちょいさくらの情報は入ってきていた。でも俺からは一度も連絡していない。もちろんさくらからも連絡が来ることはなかった。


 中途半端に連絡を取ってしまったら、せっかくのさくらの覚悟が無駄になってしまう気がした。




 あれからさくらは、無事に米国の美大に合格して頑張っているらしい。そして同時に、クリエイターとしても……



「――あ、新作出てる」


 LINEスタンプの人気クリエイターランキング上位に君臨している≪sakura≫。


 今ではLINEスタンプにとどまらず、大手文具メーカーとコラボをしてさまざまなグッズが販売されている。



「……ふはは」


 新作スタンプをチェックして、思わず苦笑。


 そこには……


『二兎追うものは一兎も得ず』


 なんて文字とともに、2兎のウサギがぶつかり合ってキラキラ消えてしまうスタンプがあった。



「こんなん誰が使うんだよ……。笑」



 独り言をこぼしながら、あの日のさくらを思い出す。…………俺も、頑張んなきゃな。



「――はい、じゃー次の雑誌の撮影に移るぞー!」



 松本さんの集合の合図に、メンバーの誰より早く席を立ち、移動車へと向かった俺だった――

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