3-20.ラストラブレター
『大丈夫』『櫂のせいじゃないよ』
あれからさくらはそう言って、これまで通りの付き合いを続けてくれていた。
でも……俺には分かった。
さくらはきっと……もう……。
――瞬く間に時は流れ、怒涛の年末年始を過ごし、高校は春休みに入った。つまり、さくらが渡米する日がすぐそこまで迫ってきていた。
「お、お、おーじゃま……します……」
俺はさくらを家に呼んだ。
さくらが日本を発つ日は俺は仕事の予定だから、これがさくらに会える最後の日だった。
真吾は予備校の合宿があり、隆吾は友人(と言いつつたぶん彼女)の家に外泊、母親は親父のフライトに合わせてロンドンに旅行で誰もいない。
まるで神様が俺とさくらのために用意してくれた時間のようだった。
「今日……泊まってけばいいのに」
小さい鞄一つで訪ねてきた姿を見て言えば、柔らかく口角を上げて首を横に振っているさくら。
昨日から何度も誘ってるけど、さくらは頑なに“泊まらない”と言った。それが意味していることを察してしまう自分も嫌で……なんも気付いてないふりをする。
いつも通り一緒にDVDを観たりゲームをしたり学校の課題を…………なんて空気じゃ、全然なくて。とりあえずさくらを俺の部屋に促すと、キッチンに飲み物を取りに行った。
部屋に戻ると、さくらはラグの上にチョコンと座ってぼーっとしている。
さくらのために買っておいたりんごジュースをテーブルに置くと、嬉しそうに目尻を垂らして俺を見てくれた。
愛おしい。触れたい。こんなに好きなのに……
気持ちが溢れてきて、さくらに手を伸ばそうとしたその時――
「か……かーい……?」
さくらは少し震えた声で俺の名前を呼ぶと、小さな鞄の中から1通の手紙を取り出した。
……これを読んだら、俺たちは終わり。
そう直感した。
「嫌だ俺。読まない」
手紙を静かに突き返すと、さくらはまたグイと俺の手に持たせようとしてくる。
「……良いこと書いてないっしょ?……嫌だよ……読まねーから……」
子供みたいに駄々をこねて、くっっそだせーって分かってる。でもまだ俺は受け入れたくなかった。この期に及んでも尚、何か良い方法はあると信じたかった。
「しゃ……しゃ、しゃーべれないから…………」
「……え?」
小さな声でさくらが何かを言いかける。
「しゃーべれないから……か、かーいてきたのに……っ!!」
見ると、さくらは今にも泣きそうな顔をしていた。怒ってるようだった。
……そっか。きっと一生懸命書いてくれたんだよな。ちゃんと俺たちが、前に進めるように……。
「……ごめん。……読む」
俺は…………手紙を受け取った。
――――――――――――――――
櫂へ
はじめて会った日から
櫂の優しさに惹かれて
気付けば大好きになってました。
櫂に出会って、恋をして、
沢山の初めてを一緒に過ごせた高校生活は
私の一生の宝物です。
きっとこれから先もずっと
「幸せな青春だったな~」って
思い出す度に幸せな気持ちになるんだと思う。
櫂、この前言ってくれたよね?
「俺の気持ちは変わってない」って。
私もだよ。今でも櫂のことが大好きです。
本当はずっと一緒にいたかった。
私がアメリカに行くことに決めてからも
櫂は頑張って何とかやっていこうとしてくれて
すっごく嬉しかったよ。
でもね、私はもう櫂の彼女でいる資格がないの。
私ね……
オーディションの時、KAIに投票できなかった。
誰にも投票しなかった。
デビューしてほしくないなって思っちゃったの。
もちろん、櫂のこと応援してる。
誰より応援したいって思ってる。
KAIのダンスが大好きだし、才能を無駄にしてほしくない。
だけど私は……寂しさに負けてしまったんです。
そんな自分が許せなくて……櫂の愛情を感じるたびに、独りで苦しくなってしまいます。
ごめんね、櫂。
それと、ネットに書かれていたこと。
「俺のせいでごめん」って言ってくれたけど……
櫂のせいなんかじゃないよ。
だって、書いてあることは事実だから。
私は櫂にふさわしくない。
櫂に出会うまで自分と向き合う努力もせずに
ずっと逃げてきた罰が当たったんだと思います。
だからね、変わりたいの。
強くなりたい。
吃音も社交不安も、治したい。
治らなかったとしても「これが私だもん!」って
自信持って言えるような人間になりたい。
それから、櫂みたいに
自分の好きなことを本気で頑張って
私も輝きたい。
自分を好きになりたいんです。
今の自分のままじゃ、櫂の側にはいられません。
だから、向こうで頑張ってくるね。
B.W.Dの活動、遠くからずっと応援してます。
今まで本当にありがとう。
さくら
――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます