3-10.大切なもの



「……か、かー……い……?」


 顔を離すと、どうしたの?とでも言いたげに俺を覗き込むその顔――やっぱり今まで通りのさくらで、少し安心する。


 俺はさくらを全身で包み込むように、再びギュッと抱きしめた。



「さくら……寂しかったの?」

「…………」

「でも応援したいから言わなかった?」

「…………」

「話してくれないと俺……分かんねーよ……」



 気付いてあげられなかった申し訳なさ半分、さくらのためなんて言いながらダンスのことしか頭になかったLIVE前の自分への苛立ち半分。


 ……それと、本心を伝えてくれなかったさくらにも、ちょっとだけモヤついて。


 抱きしめながら質問攻めにしたら、俺の胸の中で困ってるであろうさくらが、静かに身体を離す。



 さくらはきっと言いたいことが沢山あるんだろう。俺から離れてバッグに入りっぱなしだったスマホを取り出すと、文字を打ち始めた。



『LIVE観て、櫂がすごくキラキラしててかっこよくて、本気で応援したいって思ったの』

『櫂には人を惹きつける魅力があるんだなって分かった。一番ダンス上手だった。その才能をやっぱり無駄にして欲しくないなって』



『でもね』



「……ん?」


 さくらは文字打っては消して……何度か繰り返してる。やっと届いた文面には……




『櫂が遠くの世界に行ってしまったみたいで、ちょっと寂しかった』



 さくらは俺を……見てくれない。

 ずっとスマホと向き合って何かを考えてる。



『でも、ほんとに応援してる』

『櫂は優しいから、気を遣わせたくなくて言わなかっただけ』

『もう今は寂しくないから、大丈夫だからね♡』



 やっと俺を見てくれたさくらは、あの違和感のある作り笑顔だ。


……何が“大丈夫だから”だよ……。引っかかってたものが、全て解き放たれたような気分だった。



「さくら、来て?」


 部屋の中央のソファーにポスンと座り、さくらを呼び寄せて膝の上に向き合って座らせる。




「言ったっしょ?俺は別になんも変わらないからって」


 少し頬にかかっているサラサラの髪を親指で避けながら言う。さくらは恥ずかしいのか目を逸らしたまま、コクンと頷いた。



「さくらに寂しい想いさせるぐらいなら、俺ダンス辞めるから」



……そう言った瞬間、ほんの少しだけ胸の奥がズンッとする。なんだこれ……?今までの俺なら、当たり前の考えを伝えただけなのに。



「そ、そーれは……、だ、だ、だー……め……」


 さくらはやっと俺を見て言う。

 力強い眼差しだった。



「じゃあもう、一人で抱え込まないで?」

「……わ、わー……かった……」


 さくらはやっと、以前の柔らかい笑顔を俺に向けてくれた。……ひとまず、よかった。







――さくらの家からの帰り道、スマホが鳴る。



『明日はレッスンだよね?』

『頑張ってね』


 さくらからだった。



……ほんとは、寂しいんだよな。やっぱり。




 俺はぼーっと自転車を漕ぎながら、付き合う前のことを思い出していた。あの頃からもうすぐで一年経つ。


 なかなか告白できない俺に、素直にアピールしてくれてたっけな。付き合ってからも結構素直に甘えてくれてたのに……。



 俺のせいで……俺がダンスなんかで注目され始めたせいで……いつの間にかさくらの素直さを奪ってしまったんだ。


 ダンスで………………。



 俺はこのとき、気付いてしまったんだ。



 “さくらに寂しい思いさせるぐらいなら、ダンス辞めるから”と言ったときの……


 “ダンスなんか”と思おうとしたときの……


 胸の奥のズンとする感情の正体に。



 それほどまでに俺の中で……ダンスが『大切なもの』になってきていることに―――



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