3-9.汲めない男
「――おはよ」
「……お、おは……、おー……はよ……」
朝の登校時、いつものように待ち合わせ場所でさくらに声を掛けると、口角を無理にキュッと上げて笑顔を作るさくら。
……また……この笑顔か……。
初LIVEのあの日から、俺はさくらの言動に微妙な違和感を感じ始めていた。
目が合えばいつだって笑ってくれるけど……心からの笑顔じゃないような。言葉では上手く言い表せないような、そんな些細な違和感。
「き、き、きょーうは……あ、あ、あーつい……ね……」
「……うん、蒸し暑いな」
並んで学校まで向かう道中、以前ならほとんど会話なんてせずに、ただ手を繋いで、無言で歩いていた。それでも特別な安心感があって、俺は通学の時間が心地よかった。
それなのに、このところさくらは通学中よく喋る。……まるで、無言の時間を怖がっているかのように。
「……さくら?」
ん?という顔で俺を見つめ返す。……大丈夫。この大好きなキョトン顔は何にも変わってない。
「今日、家行ってい?」
聞くと、一瞬ぱっと嬉しそうにした後で、
「だ、だー……んす……、れ、れー……すん……は?」
「今日はレッスン休みだから大丈夫」
さくらはあれから前にも増して、俺のダンスの活動を気にかけてくれるようになった。
初LIVEのあの日も、目を覚ましたさくらは『かっこよかった!』『キラキラしてた!』『すごい才能だね!』と、夢中でスマホにメッセージを打って、照れるくらい何度も伝えてくれた。
だからさくらは、俺のダンスについては悪く思っていないはず。むしろ、誰よりも応援てくれてるのを感じている。
きっと会える時間が減って寂しいんだろうな。さくらに感じるこの微妙な違和感……気になるけど、また会う時間が増えて行けば消えてくはず。
……きっと。
――放課後、さくらの家で久しぶりに、一緒に課題をしていると……
『櫂のダンスしてるとこ、絵に描いてみたよ』
そう言ってさくらはタブレットを取り出した。
「うーわ、すんげーな……!笑」
“俺ってこんなかっこよかったっけ?”と思うくらい、その絵の中の俺は輝いていた。
あの日の会場の空気感、踊ってる最中の昂りが蘇ってくるような、躍動感溢れる絵だった。
「やっぱさくら、絵うめーな。すげーよ」
「す、す、すー……ごく……な、な、なーいよ……」
さくらは恥ずかしくなったようで、『ちょっと飲み物持ってくるね』と言って、部屋から出て行った。
さくらの方がよっぽどすげー才能あんじゃん……。
そんなことを考えながら絵を眺めていたら、
「……あっ、やべ……」
タブレットの変なとこをタップしてしまって、画面が切り替わってしまった。
「……ん?これって……?」
新しく現れた画面には、まだ俺が見たことのないウサギのスタンプが描かれていた。
その新作?らしきスタンプを見て……俺はここ数日の違和感の意味を察する。
『寂しい』
ウサギが目をウルウルさせているスタンプ。
『応援してます』
チアガールのコスプレをしたウサギが飛び跳ねているスタンプ。
『行かないで……』
ウサギが片手で両目を押さえながら、もう片方の手を振っているスタンプ。
あぁ……いつから俺は、さくらの気持ちを汲めない男になったんだろう?
あんなに、いつだってさくらのことを考えて過ごしてきたのに。言葉がない分、気持ちを汲めるようにずっとさくらを見てきたのに。
――パタンッ
ドアの開閉音がする。お盆に麦茶を二つ乗せて戻ってきたさくら。テーブルにお盆を置くと同時に、俺はさくらを抱きしめた。
「さくら……大好きだよ」
いきなりの出来事に、え?!と驚いてるさくら。その愛おしい小さな唇に、懺悔の気持ちをたっぷり込めて……自分の唇をやさしく重ね合わせた――
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