3-7.やる気と不安と



「……ごめんな、朝」



 学校帰り、さくらと並んで駅のホームで電車を待つ。なかなか言い出しにくかったけど、いちお謝っておいた方が良い気がして。


 さくらは“ううん”と気にしてない様子で、首を左右に小さく振った。


「すげーウザかったんだけどさ……無下にすんのも良くないかなって思って……」



 さくらの為にも……って、喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。私は大丈夫って、きっと言うと思うから。


「き、き、きー……にして、な、なー…いよ?」



 細い指をキュッと絡めて、俗に言う恋人繋ぎを深めてくるさくら。



 ちょうど電車が来て乗り込み、二人で並んで座る。



――シュッ……


 ポケットで俺のスマホが鳴って取り出すと、松本さんからのLINEだった。



『今週末、LIVE出てみるか?』



 LIVE……。俺は隣に座るさくらに画面を見せた。



「こんなの来たんだけど……さくら、今週末予定ある?観に来れそ?」



 K事務所に所属して1カ月――初めての大きな舞台。できることなら、さくらに観に来てほしかった。


 さくらは松本さんからのメッセージを見るや、パァッと喜ぶ時のあの花開いたような笑顔で、コクリと大きく頷いた。



「……よかった。じゃあ予定空けといて?」



 さくらはスマホを取り出すと、スケジュールアプリを開いて『櫂LIVE』と書き込んでいた。嬉しそうなその横顔に、やる気がみなぎって来る。


……よし。



「さくらごめん!俺今日スタジオ寄って帰るからここで降りるな?」


 いつも、レッスンがない日はさくらの家に行くか、駅まで送って帰るんだけど。週末のLIVEに向けて頑張んなきゃって高まってきて。


 K事務所のダンススタジオに行くため、乗り換えの駅で先に降りた。


 さくらはほんの少しだけ寂しそうだったけど……さくらにかっこいいとこ見せるためだから。



 そうして俺は、週末まで毎日、放課後はスタジオに寄ってから帰った。








─さくら side story─




「……はぁっ」

「何ー?さくら、元気ないじゃーん」

「さくらちゃん……、大丈夫……?」


 放課後、ファミレスで麻未と里帆ちゃんと待ち合わせてお喋りしていると……無意識にため息が漏れていた。



「もしかして……櫂くん……?」

「え、なに?!櫂が何かやらかしたの?!」

「ち、ち、ちー……がうよ……」


 別に櫂は何もやらかしてなんかない。ただ、私の気持ちの問題……。


 心配そうに私を見つめている里帆ちゃんと、その隣でブスッと怒ったような顔をしてる麻未。



――ブルルッ



 スマホが震えて、開くと……


『うちらに思ってること吐き出しな!』


 私・麻未・里帆ちゃんのグループトーク画面に届いた──目の前の怒りんぼからのメッセージ。



 私が長い会話をしやすいように、LINEでの会話に導いてくれた……さすが麻未。



『今週ね、全然櫂と一緒にいられてなくて……』

『なんで?!』

『櫂くん……ダンスの練習があるんだよね……?』



 注文したドリンクを持ってきてくれた店員さんが訝し気に私たちを見ている。


……そりゃそうだ。一緒にいるのに3人ともそれぞれのスマホをじっと見つめて、メッセージで会話してるんだから。



『うん。週末のLIVEに出るんだって』

『あぁ、例のK事務所の?』


 麻未も、櫂がK事務所と仮契約をしたことは知っている。というか、櫂のあのダンス動画はバズりすぎてテレビでも取り上げられてたくらいだから、櫂と関わりのある人たちはほとんど全員が知っていた。



『なんかちょっと寂しくて。櫂が違う世界に行っちゃったみたいで』

『うん……、分かるよ……さくらちゃん』


 顔を上げると、同情と共感の面持ちの里帆ちゃん。対する麻未は……



「さくら。それ、櫂にちゃんと言ったの?」


 やっぱり、ちょっと怒っている。文字では事足りなかったようで、少し声を荒げてる麻未。


 私は首を横に振った。だって……寂しいなんて、言えるわけない。あんなに頑張っているのに。



「ちゃんと思ってること言わないと、どんどん拗れてくよ?」


 麻未の言うことは分かる。でも……負担になるのは嫌なんだもん……。


 ダンスレッスンのこと……事務所の先輩たちのこと……楽しそうに話す櫂を思い出しながら、麻未に向かって少しだけ頷く。


 晴れないモヤモヤを流し込むように、チュウッとりんごジュースを啜った――





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