3-6.異世界
「──どうだった?楽しかったかな?!」
「……はい」
急に連れて行かれたLIVEの帰り道。
松本さんの車で家まで送ってもらう道中。
「少しはやる気になってくれた?」
「…………」
正直……めちゃくちゃかっこよかった。過去に参加した地元のダンスイベントなんかは、てんで比じゃない。
何万人ものファンの人達が、アーティストのダンスに合わせて飛び跳ねたり揺れたり……。
大音量のミュージック。
ライトの演出。
観客の笑顔。
まるで、会場全体でパフォーマンスを作っているかのようなその空間。まるで異世界に飛び込んでしまったかのような感覚に、俺は圧倒されてしまった。
「櫂くんは、あのど真ん中に立てる人間だと……俺は思ってんだ」
“そんなはずはない”と、ほんの数日前までは思っていたけど。本音を言うと、この時の俺はワクワクした気分になっていた。
運転しながら話す松本さんの熱い口調にも、更に心を揺さぶられていた。
「……やって……みようかな……」
意志が固まった訳じゃないから、ボソリとこぼす。
「え?!本当に?!……っしゃー!!!」
松本さんは俺の小さい声をしっかりと拾っていた。ハンドルを握っていた両手のうち片方を離すと、俺の片手をグッと掴む。
「よろしくな!!!」
手を繋ぐような格好だったけど……重みのある、固い握手だった。
「親御さんにはまた後日、詳細の資料を持ってお話させてもらうから。あ、俺の方で調べたんだが、宝華学院は芸能活動は問題ないそうだ。ただし、学業との両立はきちんと出来る様にこちらも配慮するから」
……ということだった。
ひとまず、仮契約ダンサーとしてレッスンに参加することになった。
――継母に報告だけとりあえず済ませ、部屋に戻ると……
『どうだった?』
ジャストタイミングで、さくらからLINEが届いた。
『仮契約だけど……やってみることにしたよ』
さくらの嬉しそうなあの笑顔を思い出して、特に躊躇もせず、すぐに返信をする。
『うそ?ほんとに?おめでとう!!』
やっぱり、先日と同じ反応で喜んでくれた。メッセージの後には、クラッカーを引いてお祝いしているうさぎのスタンプも送られてきた。
『ダンス、私も見に行ける機会があったら行ってみたいな♡』
『OK』
あの空間で踊ってるとこ……さくらに見てほしいな。かっこいいって、すげーなって、さくらに思ってほしい。
俺の心の奥底に眠っていた純粋な欲が、ぬくぬくと顔を出し始めていた。
――そうして、K事務所と仮契約を結んでから1ヶ月が経った。
と言っても、そんなに大きな生活の変化はなかった。
平日週に1日か2日、ダンスレッスンに通うのみ。あとは隔週で週末に事務所の先輩達が出演する舞台やLIVEの見学に連れて行かれた。
ただ……一つだけ大きな変化があったとすれば……
「ねぇ、来たよ!桜木くん」
「かいく〜ん!おっはよ〜♡」
「……おはよ」
「ギャ〜〜!!!櫂くんに挨拶返された〜!!♡」
……校内の女子達が、やたらと騒がしくなった。
「じゃあ、さくら……また帰りな?」
これまでと同じように、毎朝一緒に通学して一緒に教室に入り、そう伝える。さくらはコクンと頷くと、小走りで自分の席へと付いた。
「ねぇねぇ、櫂くんってさ……何がきっかけで白沢さんと付き合い始めたの?」
「……え?」
俺の席に近づいてきた女子の一人が、さくらをチラチラ見ながら俺に耳打ちしてくる。
「……関係ねーじゃん」
「え~、だって気になるも〜ん」
俺の席の隣に膝立ちになって、上目遣いで俺の腕に絡みついて来るその女子。クラスの中で輪の中心にいるようなタイプの奴だった。
……正直、かなりウザい。
さくらがこっちを見ているのも分かる。
今すぐその腕を振り払って、「近づいてくんな」と言ってやりたい衝動に駆られた……けど。
もし、俺がこいつをぞんざいに扱った場合……ひょっとしたら、さくらに何か嫌がらせをしたりすんのかもしれない。
昔いじめにあっていたさくらを想うと、俺のせいでまた同じような目に遭わせてしまうのは避けたいと思った。
「ほら、ホームルーム始まるよ」
俺は、女子たちが気分を害さない程度にいちお配慮しながら、軽く流すという選択をした。
――振り返ってさくらを見ると……パチッと目が合った。
さくらはいつものようにニコッと口角を上げて笑ってくれている。ほっと一安心。
そう……俺は気付けていなかったんだ。
その瞳に、陰りが見え始めていることに――
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