3-4.スカウト?



――「桜木櫂くんですか?」



 休日、近所のコンビニで買い物をして店から出ると、30代くらいの爽やかな男に声を掛けられた。


「はい……、そうですけど」

「あ~!よかった~、やっと会えましたー!」


 Yシャツの袖をササッと腕まくりして、スーツのポケットから取り出された名刺。



「わたし、K事務所の松本と言います!SNSのダンス動画を拝見しまして、ぜひお話を伺いたいなと思って、ずっとこの近辺ウロウロしていました!……あ、怪しいものじゃないですよ?」



 怪しいものじゃない……と、言われても。笑


 でもまぁ、K事務所なんてのは、さすがの俺も知っている。最近若者に超人気のダンスグループも、俺が昔から好きな有名ダンスボーカルグループも所属している、ダンス界じゃ超大手の芸能プロダクションだった。



「この後、ちょっとだけお時間頂けませんか?」

「え……いや……」

「話聞いてくれるだけで良いんで!!頼む!!」


 松本と名乗るその男性は随分熱心で、ワックスでガッチリ固めた短い髪の根元から汗を垂らしてる。



「……まぁ、話聞くだけなら」

「ありがとう!!!」



 そんなわけで、俺は松本さんに連れられて、近くのファミレスに入った。


 松本さんの話は簡単に言うと……K事務所が新規に手掛けようとしてる男子ダンスグループのメンバー候補生として、レッスンを受けに来ないかというものだった。


……要するに、スカウトだ。




「――あの動画見て、俺直感したんだ!この子はスターになるって!」

「いや……ありえないっすよ……」

「や、俺には分かる!この業界でもう10年以上生きてんだから。俺の目を甘く見てもらっちゃ~困るな。笑」

「……はぁ」



 結局、俺は興味ないと断ったものの、一度K事務所のダンスレッスンを見に来てほしいというので、その約束だけはして家に帰った。






『――まじか!!!スカウトじゃん、それ!!』

『……んー……よく分かんねーけど』


 その日の夜、祐貴に電話でいちお報告。


 あの有名なK事務所だと知って、電話の向こうで大興奮している。



『お前がデビューしたら俺のお陰だな!笑』

『デビューとかしねーから』

『“俺の動画がバズったお陰でこいつプロになれたんだぜ”って、自慢すんだ!笑』


 興味ないって言ってんのに。祐貴の耳には俺の言葉はまるで届いてないらしい。



『あ……でもさ、さくらちゃんには話したん?』

『……明日会って話すよ』

『そっか。やっぱ彼女だといろいろ複雑かもな?ま、知らねーけど!笑』



 さくらはいつも、電話を嫌がった。


“言葉が詰まっちゃうから”、電話は怖いらしい。


 俺は別にさくらが上手く話せなくたって全く気にしないし、何なら空気?吐息?そうゆうのを感じられるだけで良かったから、電話したいと何度か言ったことがあるんだけど。


 さくらはお互いの顔が見られない状態で声を発することを極端に恐れた。だから、俺も彼女の気持ちを尊重するようにしていた。



 デビューする気なんてサラサラないけど……


 いちお、報告はしておかないとな。何となくLINEではなく直接伝えた方が良い気がした。……さくらはどんな反応すんだろ?



 祐貴と電話を切った後、他愛もないLINEのやり取りをさくらとしてから、俺は翌日のさくらの反応を想像しながら眠りについた――





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