3-3.小さなモヤ



――櫂が、有名人になった。



 ゴールデンウィーク中、旅行の疲れか昼間たくさん寝てしまった日の夜……何気なく開いたSNSに櫂が現れた時は、ビックリし過ぎて同じ動画を10回以上見てしまった。



『櫂、SNSに出てるよ!』


 何度見てもどう見ても櫂だと分かり、本人にすぐさまLINE。



『うん、祐貴が載せたやつ』

『別になんも変わらないから、安心してね』



……“安心してね”……?


 最初、そのメッセージの意味が私にはよく分からなかったけど。


 数日後、学校に行ってすぐにそのときの櫂の言葉の意味が分かった。



「ねぇ、桜木くんってさ、あんまり意識したことなかったけど、よく見るとめっちゃイケメンじゃない?!」

「入学した時はヤンキーっぽくて怖かったけど、最近落ち着いてるしね?」


「でも……あの子と付き合ってるもんね……」



 一緒に登校して教室へと入ると、朝からクラスの男の子たちに囲まれている櫂。女の子たちも櫂の話をしてる。


 チラチラと私の噂話も耳に入ってきた。


 その日一日中、クラスメートだけじゃなくいろんな学年の人が男女問わず櫂を見に来ていて、休み時間には里帆ちゃんも……



「なんか……いろんな人に……櫂くんのこと聞かれた……」


 そう言って戸惑っていた。

 ちょっと怖い……とも言っていた。



“安心してね”


 櫂からもらったメッセージを思い出す。


“別になんも変わらない”


……うん、そうだよね。何も変わらない。




 普段はクラスメートと必要最低限の会話しかしない櫂が、大勢に話しかけられている姿をぼーっと眺める。


 私はそんな櫂を見て、多少の不安感は確かにあったけど、それよりもなんだか嬉しい気持ちになっていた。まるで自分が人気者になったような……そんな気分。



 それでも休み時間の度に私の元に話しかけにきてくれる櫂を見て、



「なんであんな子となんか付き合ってんだろうね」

「可愛いからじゃない?」

「ま、結局男なんて顔が可愛ければどんなんでもいいんだよ~!笑」



 そんな噂話が聞こえてくれば、さすがに少し落ち込んだ。







――「なんか今日嫌なこと言われた……?」



 その日の放課後、光ちゃん里帆ちゃんと4人でカフェに行った後、私の家に来た櫂。


 一緒に学校の課題をやっていたら、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


「い、いー……われて……、な、なーいよ……?」

「……そっか。何かあったらすぐ言ってな?」

「……う、うん……」


 櫂はいつだって優しい。こうやって私の気持ちを慮ってくれる。



“櫂くんは……すごく良い彼氏だと思う……”



 前に里帆ちゃんにもそう言われたことがあるけど、本当にそうだとつくづく思う。私にはもったいないような人。


 彼氏としてはもちろん……人としても尊敬できるところが沢山ある。


 クラスの子が言ってた通り……どうして櫂みたいな素敵な人が、上手く話せない私なんかと付き合ってくれてるんだろう……?



 ノートに向き合って課題を解いてる横顔をじーっと見ていたら、ふっと顔を上げる櫂。



「何じっと見てんだよ。笑 照れるから。笑」

「ご、ごー……めん……」



 私はどうやら、熱い視線を送り過ぎてたみたい。急に恥ずかしくなって顔の温度がグングン上昇してくるのが分かる。


 「ははは……」と笑いながら櫂は持っていたペンを置くと、私の隣に移動してきて……



「……そんな真っ赤な顔されると……スイッチ入っちゃうんだけど……?」



 途端に少し声が低くなる櫂――そうゆうモードになった合図。なんだか背中がゾクゾクしてくる。


 抗う気はないと示したくて見つめ返せば、ひょいっと抱き上げられてベッドに寝かされて。



 もう何度目か分からない愛の確かめ合いは、その日生まれたほんの小さな……砂くずぐらいの小さな心のモヤを、打ち消していった――



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