2-6.叶わぬ想い



――いつか……こんな日が来るって分かってた。さくらが誰かのものに……なってしまう日が来るって。


「……っ、ゃ……んぁっ」

「……麻未?」

「……ゆーきぃ、……もっと……っ」


 別に、誰でも良かった。身体が快感に溺れていればすべてを忘れられた。


 こんな方法しか、届かない想いから目を逸らす術を……私は知らない。





――私が自分の気持ちに気付いたのは……小学5年のあの日。


 5年生になってすぐの頃から、さくらの私物がよく無くなるようになった。筆箱、上靴、ジャンパー……毎日いろいろな物がなぜか無くなった。



 最初は誰かが間違えて持って行ったんじゃないかと話していたけど……


 ある時は下駄箱の中になぜか入っていたり、掃除用具箱にしまわれていたり、ついには校庭の隅に捨てられていたりして、これはきっと誰かが故意にやっているんだと気が付いた。


 “これはいじめだよ”


 そう、私はさくらに伝えた。純粋なさくらもさすがに気が付いていたようだった。


 担任にも相談はしたけど、物が無くなる以外は同級生たちも皆さくらと普通に接していることから、ちゃんと取り合ってもらえなかった。


 私たちは自分たちで犯人を捜すことに決めた。けれども、なかなか見つけることができず、毎日何かしら物が無くなる日々が過ぎた。





――そんなある日の昼休み。

 

 クラスのリーダー的存在の派手な女の子に、さくらが突然呼び出された。さくらからそれを聞いた私は、こっそり後をついて行った。



「さくらちゃんってさ、シュンのこと好きなの?」

「え……す、すーきじゃ……な……」


 その子の好きな男の子がさくらと仲良く話していたのを見て、どうやら嫉妬してるらしい。



「じゃあ何であんな仲良くしてんの?」

「……し、しゅ、しゅーんくんが話かけてくれ……」

「チッ、その喋り方むかつくんだよ」



 舌打ちをして、さくらの肩をボスっと押している。私は見ていられなくなって、二人の前に飛び出した。



「ちょ……やめてよ!さくらに何すんの!?」

「……あ、やっぱり麻未ちゃんもいたんだー」


 クラスメートは私を見るやニヤリと不敵な笑みを浮かべている。



「……もしかして……あんたなの?さくらの物いっつも隠してんの」


 直感でそう思った。問いただすと、クラスメートはケラケラと笑い出す。


「ふははっ、せいかーい!よく分かったね?あ、ちなみに私だけじゃないから。さくらちゃんのこと嫌いな子、たくさんいるんだよ?喋り方うざいって皆言ってるし。笑」



……全身を熱いものが駆け巡る。心臓がドドド……と音を立てて、私はそいつを睨み付けた。


 すると、クラスメートは「ふははっ」とまた笑って……



「前から思ってたんだけどさー?麻未ちゃんって、さくらちゃんのこと好きなの?」

「……え?」

「いっつもくっついててキモイんだよね。……気付かなかった?クラスの皆、噂してるよ?あの二人レズなんじゃないかって」

「…………」



 私がさくらを……好き?


 考えたこともなかった。確かに昔からさくらのことが大好きだったし、友達なんてさくらだけいてくれればそれでいいと思っていた。でもそれはただ、友達としての気持ちだと……


 でも……クラスメートに言われたその言葉に……


 私の中で、何かがしっくりくるような感覚があった。違うとすぐに否定できないのは……きっと……



「そ、そ、そーんなんじゃないよ。ま、まーみは私を助けてくれてるだけで……」

「あーもー、うぜーな。おまえもう喋んなよ」


 さくらに冷たく言い放つクラスメートに……私の怒りは、頂点に達した。



「うあぁぁぁぁー!!」


 私は彼女に飛びついて、胸倉を掴んでいた。許せなかった。私の大切なさくらを傷つけるなんて、どうしても。泣き叫びながら、無我夢中でクラスメートの顔や体をバシバシ叩いた。



「……おい!何をしてるんだお前たち!」


 通り掛かった教師に止められて、私は我に返った。ふと見ると……これまで見たこともないような顔をして、さくらはボロボロと泣いていた。


「ま、ま……み……、ご、ごめ……っ」


 さくらは何度も謝っていた。何も悪くなんかないのに、何度も何度も謝っていた──






 その後、私は担任に母親を呼び出されて親子共々きつく指導を受けた。相手の子は幸い大きなけがもなかったけれど、怖くなったのかさくらへのいじめはパッタリとなくなった。


 ただ……その騒動がきっかけとなり、さくらは学校で喋ることをやめた。


『また誤解されると麻未に迷惑かけちゃうから、学校ではあまり一緒にいないようにしよう』


 さくらは筆談で、そう言ってきた。


 “誤解”……その響きが、私の胸に鋭く突き刺さる。


 そっか。さくらはやっぱり私の事、ただの友達としか見てないんだ。


 私はこの気持ちに……気付てしまったのに。



 それから歳を重ねるにつれ、私のさくらへの気持ちはどんどん大きくなった。さくらが可愛くて、いとしくて、いつだって一緒にいたいと思った。


 でもさくらは……。


 きっとこの想いは、一生叶わない。さくらが私を恋愛対象として見てくれる日は来ない。



 中学2年のとき、さくらの愛用しているタブレットの中に男の子の絵を見つけた私は、そのことを強く確信した。



 さくらが私を好きになることはないんだ。普通にきっと、男の子が好きなんだ。これから先も……ずっと。そう思うと居た堪れなくなった。


 そして私は、そのもどかしさを夜遊びで発散するようになった。遊び相手は男の子が良かった。私はが好きな訳じゃない。



……さくらが好きなだけだった。



 夜のゲーセンに行けば、だいたいテキトーに遊べる男の子がいた。高校生だったり、大人だったり、相手はいろいろだったけど、誰かと裸で絡み合うその時間だけは、さくらを忘れられた。




 一生叶わない。

 でも……諦めることなんてできない。


 そんな気持ちを抱えたまま迎えた始業式の日。


 さくらと櫂が、急速に惹かれ合っていくのを感じていた私。その予感は……見事に的中してしまった。






――「……お前、今日激しすぎ。笑」


 ブルーの薄暗いライトに照らされたベッドの上、処理を終えて隣に寝転ぶ祐貴が笑ってる。


「そー?」

「うん。……ま、嫌いじゃねーけど」


 私は起き上がって、煙草に火を付ける。行為後はさくらの顔が浮かんで来るから、誤魔化すようにふぅ~っと煙を吐いて意識を逸らす。



「なぁ?」

「ん?なに?」


 肩肘を突いて私の方を向く祐貴に目を向ける。


「さくらちゃん……心配してるってよ」

「……やめて。さくらの話は」

「ほんとは心配なんだろ?だから俺のこと呼んだんじゃねーの?」

「…………」



 祐貴は変な奴だ。チャラくて、女たらしで、何を考えてるのかよく分からない。


 でも……意外と、優しい。



「ヤッてれば忘れられんならさ、俺がいくらでも相手してやるから。落ち着いたら、さくらちゃんに連絡してやれよ?」

「……祐貴……私の気持ち……知ってたの?」


 聞くと、今度は祐貴が起き上がり煙草に火を付ける。


 煙を天井に吐いて私を見ると、そっと手が伸びてきて。



「……もっかいヤッとく?笑」


 笑いながら、私の胸にスルリと手を移動させて、ふにふにと揉んでくる。



「……ばーか。最低」


 祐貴の優しさに不覚にも泣きそうになったのを、バレたくなくて。


 軽口を叩いてから、煙草臭いその唇に、2回目の合図を送った――

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