2-7.声を聴かせて
――『麻未、元気にしてるって』
朝の通学路で、隣のさくらから届いたメッセージ。付き合い始めてから、俺らは毎朝二人で登校するようになった。大野は不登校のまんまだし、光太郎は……
「おはよ~!今日も仲良しだな~!じゃお先~!」
「おう、じゃあな」
……きっと、俺たちに気を遣ってる。毎朝、颯爽と俺たちの横を走って先に行ってしまうようになった。
「……なに、大野から連絡あったの?」
『うん。“元気だよ、心配かけてごめんね”って』
さくらは嬉しそうに大野から来たメッセージを俺に見せてくれる。……ほんとだ。
「よかったな。そのうち学校も来るよ、きっと」
俺が言うと、ニッコニコの笑顔で嬉しそうに頷く。さくらにとって大野は……やっぱり、かけがえのない存在なんだなと伝わる。
――その日の帰り道。
二人でハンバーガーショップに立ち寄って、一緒に課題をしているとき……ふと目に付いたノートの落書き。
「なぁ?さくらってさ、ウサギ好きなの?」
聞くと、え?みたいな顔してる。俺は持っているペンで、さくらのノートの落書きをツンツン叩く。LINEスタンプとはまた違う種類のウサギの絵。
「リアルにウサギ飼ってるし。笑」
さくらは“あぁ……”という表情で俺を見ると、少し黙って何かを考えてから、スマホに文字を打ち込んだ。
『さて、問題です。猫はニャンニャン、犬はワンワン、ではウサギは?』
……は?クイズ?
唐突に投げかけられた問い。さくらを見ると、右手で頬杖を突いてニヤニヤしながら俺を見ている。
「えー……なんだ?……単純に考えれば……ピョンピョン?……あ。」
さくらが言いたいことに気付く。
すると、すぐに目の前のスマホが鳴った。
『不思議でしょ?ウサギは鳴き声じゃないの』
……確かに。今まで考えたこともなかったけど。
『自分に似てる気がして。声がないわけじゃないのに、ほとんど誰も知らない。深く関わってる人しか声を知らないってところが。だから好きなの。仲間意識みたいなものかな?(笑)』
そこまで深い意味があったとは、知らなかった。
……ん?でも……待てよ?
俺の脳内にある欲望が浮かびだす。
「……俺も知りたい」
言葉にすれば驚いたように、え?という顔で俺を見るさくら。
「俺もさくらの声、聴きたい」
直球で伝えると、さくらは困った顔をしてる。
『嫌いになるかもよ?』
届いたメッセージに、胸がツキンと痛む。
「嫌いになんてなるわけねーじゃん。……無理にとは言わないけどさ……いつか聴かせて?いちお俺も、さくらと深く……関わってるつもり……だから……」
困らせたくはない。過去につらい想いをしたのだと、前に大野から聞いている。嫌がることを無理にさせて、さくらを苦しめたくない。……そう思うとだんだん尻すぼみになる俺の声。
顔を上げてさくらを見れば、さっきまでの困り顔は姿を消し、優しい笑顔で俺を見てる。
――シュッ
通知音がしてスマホを見ると、
『わかった。頑張ってみる』
『櫂と、話したいから』
……そう届いた。
「無理はしないで?ゆっくりでいーから」
俺の言葉にさくらはふんわりと笑って、リンゴジュースをチュウッと啜り、ポテトを一つ口へと運んだ。
――帰り際、駅の改札まで見送る。
「……じゃ、また明日な」
手を振りさくらに背を向けて歩き出そうとした……その時、
「か……」
背後から聴こえてきた澄んだ高い声。慌てて後ろを振り向けば、さくらが顔を赤くして俺をじーっと見ている。
「……ん?どした?」
近づいて聞けば、ふぅっと一息吐くさくら。
「か、か……、かー……い……」
たった二文字の俺の名前を、ゆっくり、一生懸命……呼んでくれた。
俺は静かに次の言葉を待つ。
「……ま、ま、まー……、……」
途中まで言いかけて、首を横に振るさくら。
“また明日”……きっとそう言いたかったんだと、すぐに分かった。
「ん、ありがと。また明日な?」
初めて聞いたさくらの声は想像以上に尊い響きで……俺の耳から全身へと沁み込んでいく。
感動してんだか何だか分かんねーけど、俺はめちゃくちゃ泣きそうになって。今すぐ抱きしめてこのままずっと一緒にいたい気分だったけど。
人通りの多い改札前ではさすがに気が引けるから、さくらの髪をポンと撫でて、そっと手を振りホームへと降りた――
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