2-2.忘れられない人




――幼い頃から吃音に悩んでいた私は、小学5年のある日を境に、人と会話をすることが難しくなった。


 家族や麻未の前では、返事や挨拶程度ならできたけれど、中学ではまったく喋らなかった。


 先生とも常に筆談で会話をしていたのが逆に目立ってしまい、麻未以外の誰も私と関わろうとせず、麻未のいないクラス内で私は完全に孤立していた。


 小学1年生の頃から毎週1回、“ことばの学校”という吃音専門施設に通っていた私。中学校で麻未以外に友達がいなかった私にとって、ことばの学校が居場所のような存在だった。





――中学2年の頃。


「さ、さ、さくらちゃーん!」


 私と同じ、吃音の治療のためにことばの学校に通っていることちゃん。


 明るくて活発な幼稚園の年長さん。家も近所で、親同士も仲が良く、妹のように懐いてくれている。


「あ、あ、あの……ね。わ、わたし……お、お買い物……し、してみたくってね……」



 過去のトラウマから話すことを諦めかけている私とは違い、琴ちゃんはつかえながらも一生懸命お話をしてくれる。


 どうやら、ことばの練習のために一人でお買い物をしてみたいらしい。



「マ、マ、ママに……プ、プレゼント……か、買いたくて……」


 ちょうど、週末が母の日だった。私は琴ちゃんに付き添うと約束し、それぞれの親に連絡をして、週末二人でお買い物に出掛けた。





――向かった先は、2駅隣のショッピングモールだった。


 琴ちゃんと一緒に雑貨屋さんに入る。母の日のプレゼントに可愛らしいハンカチを選び、レジに持って行く琴ちゃん。遠くから見ていてと言われて、少し離れた位置から見守る。



「こ、これ……、は……「母の日のプレゼントですね?」


 店員さんに言葉を被せられて、頷く琴ちゃん。お会計を無事に済ませ、綺麗にラッピングしてもらい、私の元へ戻って来た。


「…………」


 上手く自分で言えなかったのが悔しかったようで、泣きそうな顔をしている。私はメモ帳を取り出すと、



『どーなつ、かいにいこう』


 琴ちゃんにも読めるように、平仮名でそう書いた。琴ちゃんは嬉しそうに頷く。私たちは二人でドーナツショップに向かった。






――先程のリベンジで、独りでレジに向かった琴ちゃん。ドーナツをトレイに置き、ドリンクを選んでいるようでメニュー表を一生懸命見ている。


 緊張しているのか、固まってしまってる。


 助けたら琴ちゃんに怒られてしまいそうだけど……、後ろの人も待ってるし、さすがにそろそろ近くに行ってあげようかなと思ったそのとき……




「――どれ飲みたいの?」


 琴ちゃんの後ろに立っていた、学ランを来た茶髪の男の子が……琴ちゃんに話しかけていた。


 その様子を後ろから眺める。琴ちゃんは男の子にメニューを指さす。



「……これ?おっけー」


 男の子は、代わりに注文してくれている。琴ちゃんは、ほっとしたような……でもやっぱりちょっと悔しそうな顔をしてる。


 すると、その男の子は言った。


「ごめん……自分で注文したかった?」


 彼は琴ちゃんの表情から気持ちを汲んでくれたらしい。余計な事をしたと思ったのか、申し訳なさそうな顔をしている。



「じゃあ……俺の頼んでみる?教えてあげるから」

「う……うん!」


 琴ちゃんはニッコリ笑って嬉しそう。男の子は丁寧に注文の仕方を教えてあげながら、自分の分を琴ちゃんに注文させてくれた。




「さ、さくらちゃん!あ、あ、あのね……あのお兄ちゃんが……ん、あれ?」


 さっきまでいたはずの男の子は、もう帰ってしまったらしい。琴ちゃんは嬉しそうに注文できた喜びを話してくれた。



 その日、家に帰ってから……私はあの男の子を思い出していた。あんなに優しい男の子がいるんだと、心が温かくなった。


 あの人を忘れたくない。

 いつかまた……会いたい。



 記憶から消えないうちに、私は彼の絵を描いた。ときどきその絵を見返しては、彼に想いを巡らせた。


 どこに住んでいるんだろう?何歳だろう?名前は……なんていうんだろう?



 まさか2年後――高校の始業式のあの日、忘れられなかったあの彼に会えるなんて。


 あの日から私は……日に日に自覚していった。

 この気持ちはきっと、恋なんだと──

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