1-22.重なる心



「……おつ」


 数日経った放課後、階段を降りるとさくらがまた下駄箱前に立っていた。



「……大野のこと待ってんの?」


 そうじゃないと分かっていながらもあえて聞くと、予想通り首を横に振るさくら。


 その素振りが、思わず抱きしめたくなるくらいに可愛くて、胸の奥がギュッと疼く。



「じゃあ……一緒に帰る?」


 聞くと、安心したように顔を緩めて頷くさくら。



 もう……これはきっと、そうなんだな。

 俺の勘違いは、ほとんど確信に変わった。


 いっそのこと、さくらの本当の気持ちを確かめてしまいたい。自分の気持ちも……ちゃんと彼女に伝えたい。


 もし、これが全て勘違いだとしても、どーでも良いや。いよいよ俺の中に小さな決意のようなものが現れた。




「帰り……何時までに帰れば平気?」


 俺の質問に一瞬キョトンとした顔をしていたけど、すぐにスマホ……ではなく、メモ帳を取り出す。



『お母さんに連絡しておけば、何時でも』


 手書きの綺麗な文字列を確認して顔を上げると、首を傾げて俺を見てるさくら。


 “どこ行くの?”と、聞いてるみたいに。



「俺行きたいとこある。付いてきて?」


 ここ数日、俺は夜な夜な調べていた。高校生が好きな人に告白するには、どんな場所が良いのかと。


 まだ伝える勇気はないけど、もしその時が来たら……と、密かにリサーチしていたその場所。


 自分で想像していたよりもだいぶ早くそこを訪れる日が来た……。



 電車に揺られ、約30分。バックンバックンと心臓が飛び跳ねてる車内――何を話せばよいのか分からず無言を決め込む俺を、不思議そうにじーっと見つめるさくらの視線を感じる。


 通常の3倍くらいのペース(俺がそう感じただけだけど)で、ドがつくほど定番のデートスポットに到着した。



「あれ……乗んない?」


 改札を出て正面に聳え立つ観覧車を指さして聞くと、さくらはキラキラした瞳で嬉しそうに頷いた。






――平日だからか空いていて、少しも並ばずに観覧車に乗ることができた。


……は、良いんだけど。


 俺、焦り過ぎじゃね?ここに着いてすぐに観覧車に乗り込んでしまったことを酷く後悔する。


 先に飲み物でも買って……ちょっとゲーセンでも入って?それから観覧車……だよな。普通は。



「さくら……高いとこ大丈夫だった?」


 今更心配になって、向かいに座るさくらに尋ねると、ニッコリと口角を上げて頷く。スマホを取り出し、LINE画面を開いたのが見えた。




『どうしてここに来たかったの?』


 俺の元に届いたメッセージ。

 そりゃあ、そう思うよな……。



「いや……ちょっと……話したいこと?……あって……」


……ダメだ。

 緊張して言葉がつかえてしまう。



 さくらはじーっと俺を見た後、


『そっち行っていい?』


 そう送ってきた。




「……別にいいけど」


 答えると、ゆっくりバランスを取りながら俺の隣に移動してきた。



――ドックン……ドックン……


 心臓の音がうぜー。あー……もう俺……無理かも。ちゃんと言える気がしない。


 さくらを好きになってから、どんどん自分を嫌いになってく気がする……まじで。


 観覧車の外に目をやると、綺麗な夕日が空をピンクに染めている。視界の端に移るさくらも、幻想的な夕焼け空に見惚れているのが分かった。





――ツンツン……


 放心したように空を見ていたら、横から腕を突かれる。


「……ん?」


 聞くと、後ろを向くように促された。言われるがまま、さくらに背を向ける。


 すると、背中を指でスッとなぞられた。なんだかゾワッとする。



「……おい。やめろよ、くすぐってーよ。笑」



 身をよじって背後のさくらを見ると、ケラケラと笑い声が聞こえてきそうな笑顔。両肩に手を置かれ、再びクイッと後ろを向かせられると、今度はしっかり指を立てて背中をなぞられる。



……なるほど。背中に文字を書くってことか。



「なに?なんて書いたか当てろってこと?」


 俺が聞くと、背中に大きな丸を描くさくら。


「……ん、いーよ。書いて」


 背後でふぅーっと深く息を吐くさくら。一文字ずつ、指を走らす。




――か。


「……か」


――い。


「……い」


 一旦、手の動きが止まる。相変わらずバクバク鳴ってる心臓が煩わしい。


 再びゆっくりとさくらの手が動き出す気配があって……背中に全神経を集中させる。




――す。


「……す?」


――き。


「……」



 さくらの手が止まる。




 振り返って、その澄んだ瞳を見つめた。





「さくら……」


 名前を呼ぶと、ん?という顔をする。大きな目を更に大きくして俺を覗き込むその顔が、たまらなく愛おしくて。


 込み上げてくる愛おしさに任せて、俺は想いを言葉にしていた。



「……すき」



 さくらは俺の言葉を聞くと、恥ずかしそうに視線を逸らす。



 数秒後、覚悟したかのようにそっと顔をあげて……その綺麗な焦げ茶色の瞳で、俺をまっすぐに見つめ返してきた。



『あ・た・り』


 遠慮がちにゆっくり一文字ずつ口を動かすさくら。今にも声が聞こえそうな気がして。


 少なくとも、俺の耳ではなく心には、さくらの声がちゃんと届いていた。


 ほっぺをピンクに染めて、恥ずかしそうに再び横に視線を逸らしてる彼女を見ていたら……どうしようもなく気持ちが昂ってきて。



 俺は、俺の背中の高さで宙ぶらりんになってる彼女の手を掴んで、グッと抱き寄せた。



「当てたんじゃなくて……俺の気持ち」



 やっと重なった二人の想い。いつの間にか完全に日が落ちた濃紺の空。


 さくらの想いを先に聞いて、やっと伝えられた格好悪すぎる俺だけど……




「さくらが好き。俺と付き合って?」


 最後はちゃんと、自分から言う。さくらは俺の背中に遠慮がちに手を回し、応えるようにギュッと抱き着いて、俺の胸の中で頷いてくれた。



 観覧車から見える夜景の明かりが……やっと結ばれた俺たちを祝福してくれているかのように、一際美しく煌めいていた――

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