1-12.会話



――高校生活にもだいぶ慣れてきた頃



「……おはよう」


 朝の通学路でたまたま会った白沢に挨拶すると、口角を上げてコクリと頷いてくれる。


 まぁ、“たまたま会った”ってのは見せかけで……


 最近はもう、毎朝この時間なら彼女に会えると分かっていて登校している自分に薄々気付いていた。



『麻未は遅刻』

「……またかよ。笑」


 メモと口頭での会話。今日は学校まで二人きり。


 んー……なんだろ?すげー嬉しいかも。この気持ちが何なのかは、未だに自分でもよく分かってない。


 あの日、祐貴にも分からないと言われた“恋”というものの正体が気になって、広辞苑で調べたら、



【一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと。また、そのこころ。特に、男女間の思慕の情。恋慕。恋愛。】

 と、書いてあった。よく分かんねーけど、昔の時代はそうゆうものだったらしい。



 でも俺は、白沢を見ても別に切なくなんかないし、強く惹かれてるとか?そんな大それたもんじゃないけど、何となく会えると嬉しかった。だから毎朝この時間に登校してる。



 ただ、それだけ。


 白沢は何か話したいことが浮かんできたらしく、メモ帳を手に取るとササッと何かを書き記す。



『昨日、公園で見たよ』

「……え?まじで?」

『ダンス、やってるの?』

「……まぁ。なんだよ、見てたなら声かけろって」



………あ。声は、かけらんねーよな……。


 昨日は祐貴の他にも祐貴のダンス仲間が何人か来てたし。あの人数じゃ……な。


「……ごめん」


 謝る必要もないんだろーけど。なんとなく悪い気がして謝ったら、白沢はすごく寂しそうな顔をした。


 正直、彼女への接し方にまだ迷いがあるのを自分でも感じてる。次の言葉が浮かばず、再びペンを持つ白沢の手元をじっと見つめていた。



『かっこよかった。ダンス』

「ん……さんきゅ」


 まっすぐに褒められるのもくすぐったいもんだ。かっこよかった………だってさ。


 また白沢はメモ帳に何かを書いていて。歩きながら文字を書くその姿を見ていたら、すげーもどかしい気分になった。何を書くのか待っているこの時間が、じれったい。


 早く次の言葉を知りたい。彼女が何を考えているのか。どんな言葉を伝えようとしてくれてるのか……。



「……そうだ」


 俺は閃いた。


「あのさ……白沢……?」


 文字を書く手を止めて、ん?という顔で俺を見る。


「その……えっと……、……教えてよ」



 いやいや、俺は何でこんなに照れてんだ?ポケットからスマホを取り出して、立ち止まる。


 今度は少しだけ驚いたように、え?って顔をしてる彼女。



「……連絡先」


 緊張なのか何なのか、声が喉に突っかかる感じがして。やっと言葉が出た時には、白沢はパッと花開いたみたいに嬉しそうに笑った。


 スマホを鞄から取り出すと、LINEのアイコンをタップしている。



 なぜか少し手が震えてる俺。彼女のスマホ画面に表示されているコードを読み取ると、綺麗な桜のアイコンが出てきた。



 友達に追加し合うと、すぐに俺のスマホがシュッと鳴る。見ると、“よろしくおねがいします”の文字と共にウサギがお辞儀してるスタンプが送られてきていた。



「……これならさ、メモに書くより速く会話できるかなーって」


 さっき、歩きながら文字を書いてる彼女を見て思ったこと。きっと、この方がいくらかは速いはず。彼女は納得したようにすぐさまスマホに文字を打つ。



『たしかに』


 2秒で返信が来る。続いて“ありがとう”の文字と共にウサギがハートを手に持っているスタンプが送られてくる。


……うん。やっぱりこの方が断然速い。


 筆談よりもずっと会話のテンポが良くなり、彼女との距離がグッと縮まった気がした。






――その日から、俺たちは顔を合わせているとき、いつもLINEで会話をした。


 俺は口頭で、彼女はLINEというスタイルだ。傍から見れば変な二人だろうと思うけど、俺達にはその会話のスタイルがとても心地よかった。


 まぁ……そんな俺たちを見て約1名、気に食わない奴がいたようで。


「……筆談でいーじゃん」


 ブスッと俺を睨み付けながら、大野が言う。



「今までずっと筆談で過ごしてきたんだよ?」

「この方がぜってーはえーじゃん」

「速くなくていーのー!ゆっくりさくらが文字を書くとこ見るのも好きなの~!」


 まるで自分たちが積み重ねてきたものが壊されたとでも言いたいように、大野は不貞腐れている。


 白沢はというと、そんな大野を見て少しだけ困ったように笑ってる。ポケットからメモ帳を取り出すと、


『麻未とはこれのままにしようね』


 大野を気遣うようにそう書いて、チラッと俺に目配せをした。



……なんだろう。その目配せが一瞬……新しい会話の方法は俺とだけの特別とでも言われてる気分で、胸の奥がまた少しポッと熱くなった。



「――おーい!!」


 並んで歩く俺ら3人の後ろから、快活な声がする。相変わらず猿みたいな顔した光太郎は、俺らに追い付くと、



「さくらちゃん、おはよう!!」


 真っ先に白沢に挨拶をする。その横で、また不満げな顔をしてる大野。


 白沢は光太郎に視線を向けると、ニッコリと口角を上げて小さくお辞儀をする。光太郎は一瞬で耳を真っ赤にして、恥ずかしそうに目を逸らしていた。



「コータロー。あんた、ヘラヘラしすぎー!!」


 ついに不満に耐え切れなくなったのか、大野が光太郎をど突く。


 あれから光太郎は少しずつ白沢との距離を縮めていて、今ではこうして彼女も普通に接することができるようになっていた。


 きっと、どっからどう見ても良い奴そうな光太郎だからこそ、こんなに短期間で彼女も心を許したんだろうと大野は言っていた。



 チラッと白沢を見ると、また目が合った。

 こいつは光太郎の気持ちに……気付いているんだろうか?



 そういえばさっき、“顔を合わせているとき、LINEで会話をした”と言った通り、俺たちは会っていないときには特別連絡を取ったりしなかった。


 顔を見ながら文字で会話するのと、顔を見ずに文字だけのやり取りをするのでは、何かが大きく違う気がして……


 少なくとも俺は、彼女と文字だけの世界で会話をすることにやたらと緊張してしまい、連絡を取る勇気が出なかった。


 彼女も同じように思っているのかどうなのか分からないけど、彼女からも会っていないときにLINEが送られてくることはなかった。


 今夜あたりLINEで聞いてみようかな?光太郎のこと、どう思ってんの?って。


……いやいや、なんで俺がそんなこと?




「――櫂!さくら!コータロー!早く!行くよ~」


 いつの間にか一歩前に出て、俺らを先導するように歩いてる大野。気づけば俺の呼び方もヤンキーくんではなくなっていて。


 

 こうして俺たち4人は、ほとんど毎朝一緒に登校する仲になっていった――

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