1-11.一目惚れ



――保健室のベッドに白沢を寝かすと、パニックを起こして疲れたのか眠ってしまった彼女。その横の丸椅子に座る俺と大野。


 養護教諭は、担任に報告してくると言って保健室を出て行った。


「さくらね……社交不安障害ってやつなんだって」


 大野が神妙な顔して話し始める。


「前に話したでしょ?いちお、そうゆう病名らしい」


 ベッドの上の白沢に目を向けて頷く俺。



「さっきみたいにね、誰かと話そうとすると……手足が震えたり、貧血みたいな状態になって倒れちゃったり」



……なるほど。


「一番ひどい時なんかね、過呼吸になって救急車で運ばれたこともあったな~……。そうゆうの全部、社交不安障害ってやつのせいなんだってさ」


 きっと、その全ての時を、こいつらは共に過ごしてきて。絶対的な信頼関係がここにはあるのだと分かる。



「でもね、年配の人とか、先生とかさ?あと子供はわりと大丈夫だったりするの。でも……同年代は全滅。女の子でも男の子でもダメなの。やっぱりあのいじめがトラウマになってんだろうなって……」


 悔しそうに口を噤む大野。シーンと静まり返る保健室内。……事情は、分かった。


 いや、待てよ……?じゃあ、俺とはなんで……?




「だから、レアなの」

「は?!」

「ヤンキーくんは、超レアな存在なの!」


 だからムカつくの、って言いながら俺の肩にグーパンチを決め込むと、大野は切なそうに笑った。



「あの子が同世代を受け入れるって、なかなかないんだよ?」

「……ふーん」


 よく分からない。なんで俺とは普通に話せんのか。そういえば、初めて会った時から俺とは一応会話できてたよな……?


 んー……特別何かしたわけでもねーし。見た目で言ったら、俺よりよっぽどあの岸田ってやつの方が親しみやすいだろうし。


 もしかして白沢……俺のこと……?



 って、俺はやっぱりアホだな。



「……自惚れないでよね?」

「はぁ?!」


 別に、自惚れてなんかない。いや、一瞬自惚れかけたけど?

 でもまぁ当然……悪い気はしてない。



 スゥ…スゥ…と、耳を澄ませば辛うじて聞こえるくらいの小さな寝息を立てて眠る白沢。そんな彼女を、大野はぼーっと見つめている。ふと、頬を緩めると……



「さくらは、あたしのものだから」


 そう言って、立ち上がった。


「絶対、誰にも渡さないんだから……」


 白沢の綺麗な髪に手を滑らすと、大野は俺に見せつけるように顔を近づけて……


 おでこにそっと唇を触れた――







――その日の帰り、俺が校門を出ようとしたところで。



「――おーい!!」


 でっけー声がして振り返ると、岸田が俺の方に向かって走ってきた。



「今日は迷惑かけちゃって……ごめん!!」

「いや……俺は別に……」


 膝に手をついて、頭を深々と下げている岸田。めちゃくちゃ気まずい。校門の前で立ち話もおかしいから、ゆっくりと駅に向かって歩き出す。


 ちなみに、宝華学院ではほとんどの生徒が部活に所属してるにも関わらず、俺も白沢も大野も……そしてこいつも、なぜか全員帰宅部。


 別に所属が強制な訳でもないから、特に問題はねーけど。



「あのさ……君って……」

「……なんだよ」


 岸田が探るように俺を見る。いったい何なんだ?



「さくらちゃんとどうゆう関係?」

「え?」

「もしかして……彼氏?」

「は?ちげーよ。笑」



 俺が答えると、いかにもほっとしたって顔して頬に皺を作ってるこいつ。こんなリアクションを見せられたら、色恋ネタに疎い俺でもさすがに気付く。



「お前……白沢のこと好きなの?」

「えぇっ?!」


 眉を上げて目を見開いて驚いてる岸田。


「ははは……」


 あまりにも素直な反応につい笑ってしまう。なんかこいつ、憎めないかも。



「うん……実は俺、一目惚れしちゃってさ。笑」

「……ふーん。一目惚れねぇ」


 まぁ、分かんなくもねーけど。あいつが結構可愛い顔してんのは、一応分かってるつもり。



「だからさ……今日思い切って話し掛けてみたら……あんなことに……」


 表情がどんどん曇って行く。


 本当に悪気はなかったんだろう。フラれる前からフラれたみたいな顔してる岸田が哀れに思えてきて、励ましの言葉でも掛けてやることにする。



「まぁ……パッと見わかんねーしな?見た目全然普通だし、俺も最初驚いたよ」

「うん。君も初めて話したときあぁなっちゃった……?」


 いや……これは言いにくい。


 彼女に一目惚れしたというこいつに、俺とは初めから普通に話せたなんて言えねーよ。


 あー……、つーかもう、めんどくせぇ。



「つーかさ、君ってやめろよ。俺、櫂。桜木櫂」

「……あぁ。ごめん。櫂ね!りょーかい!!俺は岸田光太郎!光太郎って呼んで!!」



 さっき俺に質問してきてた内容はすっかり忘れたようで、また頬に皺を作ってふにゃふにゃ笑ってる。


 やっぱりこいつ、良い奴だな。うん、絶対良い奴。



「櫂はさ、好きな人いないの?」

「え?」

「すごいイケメンだしさ。モテそうだし。いっぱい恋してんだろーなーって。笑」



 そういえば俺……高校に入ってからずっと考えてんな。好きってなんだろ?恋ってなんだろ?って。


 今また考えてる。これまで一度も……考えたこともなかったのに。



「俺は……別にいねーよ」

「へぇ~!意外だなぁ~!」


 何がそんなに楽しいのか、俺との会話を楽しんでくれてるような光太郎を横目に。



 “白沢、大丈夫かな?”


 無意識にあの穏やかな寝顔を思い出していた俺だった――

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