1-7.赤髪と俺




――この窓から見える景色は、きっとこの世の誰もが羨むくらい良い眺めだ。


 けれども俺は今すぐここから立ち去りたいと……この家を早く出たいと、日々思う。



「……櫂さん?朝食の用意できましたよ」

「……ありがとうございます」


 部屋を出て、広すぎるリビングを通り過ぎ、ダイニングへと向かう。



「おはー」

「今日もおっせーなー」


 ダイニングテーブルで既に朝食を食べながら茶化してくるのは、義理の兄弟。真吾しんご隆吾りゅうご……双子だ。俺より1歳年上で、成績も優秀。慶王大学付属高等学校に通っている。



「早く食べないと。遅刻しますよ」

「……はい」


 俺と継母の会話を聞いて、なにやらケタケタ笑っている。はっきり言ってうざい。こいつらと暮らし始めてから、もうすぐで2年になる。



 俺の本当の母親は、中学1年の時に死んだ。親父が再婚相手に選んだこの女と、その連れ子のこいつらと暮らしている。



「慶王付属が無理ならせめてイメージの良い宝華学院をと思って、校長先生にお願いしたんですから。ちゃんと卒業してくださいね?」

「……わかってます」


「ママ、ごちそうさまー」

「いってきまーす」



 ガタガタと席を立ち、玄関を出ていく真吾と隆吾。継母と二人きりで、しーんと静まり返る部屋の空気に耐え切れず、俺は用意されたトーストとサラダとスープを、いっぺんに口に押し込む。


「……ごちそうさまでした」



 すると、席を立つ俺を、上から下まで舐めるようにじっとりと見てくる継母。


「……なんすか?」

「いえ?なんにも」



 気色悪さを感じながら部屋を出て行こうとすると、「櫂さん?」背中越しから声を掛けられて振り向く。


「髪、とてもよく似合ってるわ」


 厭味ったらしく言う継母を無視して、俺は足早に玄関を出た――






――実の母親が亡くなってから1年が経った頃……


 親父が再婚をすると言いだしたときは、あまりの衝撃に眩暈がした。こいつは一体何を言ってるんだろう?と。


 正直俺は、母親の死に対して気持ちの整理がまったくついていなかったから、とてもじゃないけど祝福する気にはなれなかった。



「かい……?」

「なに?母さん」

「櫂は本当に優しい子だから。いつまでもその優しさを忘れないでね」


 俺が幼い頃から身体が弱く、入退院を繰り返していた母さん。入院中は心配で毎日看病しに行っていた俺に、母さんはよくそんなことを言っていた。


 継母も、決して悪い人ではないと思う。言い方が嫌味っぽいところがあるけど、実の息子の真吾や隆吾と俺とで表立って差別されるようなことはない。


 普通に同じ食事を用意してくれるし、洗濯も学校関係のことも、きちんと差別なくしてくれる。


 要は俺の気持ちの問題なのだ。俺が受け入れられていないだけ。……ただ、それだけ。




「――おーい!櫂~!」


 自宅の最寄りまでぼーっと自転車を漕いでいると、聞き馴染みのある声がして振り向く。赤髪の不良が、ガニ股で自転車を漕ぎながら近づいて来る。


「おい、バックレよーぜー」


 ニタっと笑う祐貴。



「……いーね」


 俺もわざと同じような笑顔を作った。


 中学で祐貴と仲良くなったきっかけはダンスだった。俺は実母に幼稚園の頃からダンスを習わされていて、小学校の時に地元の大会で優勝したこともある。


 そんなわけで地元のダンス界ではちょっとした有名人だったらしく、入学式の日に祐貴から声を掛けられた。


「まじか!KAIじゃね?うーわ!やっべー!」


 俺を見るなり祐貴はかなりのハイテンションで絡んできた。KAIというのは俺のダンサーネーム。祐貴は俺が優勝していた大会に出てたらしく、その場で連絡先を交換して繋がった。


 母親が死んだときも、祐貴がダンスに誘ってくれた。直接慰めの言葉を言われた訳じゃないけど、祐貴なりに元気づけてくれてんのが分かった。むしろ、変な同情の言葉よりも、こうして一緒に踊り狂える時間が俺にとって何よりも励みになった。



 中2で親が再婚してから、俺はグレた。


 ……と言ってもそれは外での話で、家では暴れたり反抗したりすることもなく、大人しくしていた。


 元々の性格もあるのだと思う。それに、一応実の息子たちと同じように面倒を見てくれる継母には、感謝しなきゃいけないような気もしていた。


 髪色を明るくしてピアスを開けて、ときどき授業をさぼったりしたものの、万引きしたり違法行為に手を出すことはなかった。


 完全に不良ふりょうらしく振り切れない自分が、ダサくて嫌いだった。



 もちろん、継母は良い顔をしなかったし、親父にも見て見ぬふりをされてるのは感じた。


 さすがに警察に補導された時は親父に叱られたけど、それでもやっぱり俺に対する同情のようなものが伝わってきた。


 そんな俺にとって、祐貴と一緒に踊る時間は、現実を忘れられる唯一の時間だった。


 夜の公園で踊ったり、昼間授業をバックレるときはフリースタジオを借りて一日中踊ったりして、憂さ晴らしをした。



「ふわぁ~!きもち~!」

「さいっっこうだな~」

 

 日頃の鬱憤を晴らすように踊り狂う。汗だくで息を切らしながら床に寝転がる二人を、壁一面の全身鏡が映し出す。



「……この後、どうする?女呼ぶ?」

「んー……別にどっちでも」


 祐貴は日が暮れてくるとムラムラしてくるらしい。だいたいいつもこうゆう日は、夜になると祐貴がテキトーに連絡した女達と飯を食って、好きな子を持ち帰るのが通例。


 もっとも、俺は飯食ってソッコー帰るけど。



「よっしゃ、じゃあ今日はエリカとマミかな~」


 スマホを操作して女に連絡を取っている祐貴を横目に、



「……腹減った」


 汗を拭いながら、独り言を呟いていた――

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