1-6.喋らない訳




「……聞いた?3組に喋れない子いるらしいよ」



――登校3日目。


 俺のクラスでは、白沢の噂話が始まった。帰り支度をしていると、3人組の女子がひそひそと話してるのが聞こえる。


 まぁそりゃ、一言も喋らないし、メモで会話してる奴なんて目立って当たり前だから、噂されんのも仕方ない。



「あー知ってる。あの子、中学でハブられてたらしいよ」

「えー、可哀想。けっこー可愛いのにね?」



 仕方ないとは思うけど、要らぬ情報も当然耳に入ってくる。



「すんごい男好きって聞いたけど?喋れないふりして同情させといて、近づいてきた男みーんな自分のものにしちゃうって」

「そう、だから皆に嫌われてたとか聞いた」

「うーわ、可哀想なんて思って損したわ。笑」


 噂話なんてくだらねーもんに時間使ってる馬鹿どもが、あまりにも滑稽に思えてきて。


 俺はわざとガタンと乱暴に椅子をしまい、教室を出た。



 白沢は3組。俺は2組。


 隣のクラスだから、休み時間にチラッと教室を覗いたりするけど、いつだって彼女は自分の席に座って黙々と何かを描いているか、本を読んでいる。


 人と交流しないようにしてるのは、きっとこういった噂話に辟易してるからなんだろう。一人で過ごすことに慣れてるのは俺と同じみたいだ。結局、一人は楽だから。



 ついでに2組にはもう一人……



「あ!おーい!ヤンキーくーん!!」



 こいつも、俺と同じクラスだ。


 踵を踏み潰した靴をずりながらチンタラ駅まで歩いていると、背後からそいつの声がした。誰かは想像がついてるから、振り返らずに同じペースで歩く。



「……ねぇ!聞こえてんでしょ?無視とか最低ー」


 追いついてきた大野に肩を掴まれた。



「……あれ、今日あいつは?」


 彼女の隣に白沢がいないことに気付いて聞く。昼休み教室にいんの見かけたんだけどな……



「あぁ、さくらは今日早退したんだ」

「……ふーん」


 体調でも崩したか?

 新学期早々、ツいてねーな。


「……何よ。気になるの?さくらのこと」


 並んで歩く大野がすんげー嫌そうな顔して聞いてくる。


「別にそーゆーんじゃねーけど?あ、でも……」


 本人いないし、チャンスじゃね?




「あいつ……なんで喋んねーの?」


 初日にも聞いて交わされたセリフを再び発する。



 どーせまた交わされるんだろうなぁと思いながら横目で様子を伺っていると……予想外に、大野は遠い目をして話し始めた。





「――小学校5年生のときね……さくら、いじめに遭ったの」



 当時を思い出しているのか、唇にキュッと力を込めている。


「保育園の頃から……あの子、話すのが上手にできなくて。吃音って、分かる?話すときに言葉が詰まっちゃうの」

「……うん」


 そういえば……昔、俺のクラスにもいた気がする。国語の授業中、朗読が上手くできなくて揶揄われていたクラスメートを思い出す。



「保育園から小学校中学年くらいまでは、それでも頑張って話そうとしてたの。……でも、5年のときに酷いことがあって」



 悲しそうな大野の声を聞きながら、一歩ずつ足を進める。


「――で、簡単に言うと……話すのが怖くなっちゃったの、さくら。それで今日も定期カウンセリングで早退ってわけ」



……なるほど。



「別に、喉の病気とかそうゆうんじゃないから、話そうと思えば話せるし……。中学の頃はね、あたしとか家族の前では少しだけなら話せてたんだ。でも最近はなんかもう、話すことを諦めちゃったって感じでさ。笑」



 大野は哀しい笑顔で、足元を見て立ち止る。


 一呼吸置いた後、俺の前に飛び跳ねるように向かい合わせに出てくると、わざと明るい顔を作って俺を見つめる。



「……普段は聞かれても絶対言わないんだけどさ。ヤンキーくんのこと、優しい人だって、さくら言ってたし?笑」


……優しい人?まったく思い当たる節がなくて、眉間に皺が寄る。



「それに、口堅そうだし?てか、友達いなそーだし。笑」

「……るせーよ」



 まじでこいつ、いちいちムカつく女だ。



「――ま、さくらには私がいるから」

「……」

「あんた、可愛いからってあの子に軽々しく手ぇ出したら……」


 俺を悪戯っぽく睨みつけてくる大野。


「……あたしが絶対、許さないからね?」


 ふざけた中にも真剣みを帯びた声色で、そう言った。




「……出さねーよ」


 呆れたように答えると、大野は安心したようにフワッと笑う。



「んじゃ、お先でーす」


 大野は、俺の肩にグーパンチを決め込むと、男ウケの良さそうなむっちりした身体を揺らして、颯爽と走り去って行った。




「軽々しくなんて……出さねーよ」


 走り去る後ろ姿に、俺は独り言を溢していた――

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