1-4.青い春



「――んで?どーよ。高校は」


 メンソールの煙草を夜空に向かって吹かしながら、茶化すように聞いてくる赤髪の男。中学の同級生、浅生祐貴あさおゆうき


 違う高校に通うことになった俺たちだけど、中学時代からの溜まり場――この公園でこうして会うことは、これからも続きそうだ。



「どうって……?ダルさしか感じてねーよ」

「ははっ。だろーな。その髪見りゃ分かるわ。笑」


 同情するよ、ってケラケラ笑ってるこいつは、校則が激ゆるの公立高校。まじで羨ましい。


 改めて、世間の目だけを気にして俺を宝華学院なんかに入れた継母が憎い。



「んでもさ、宝華学院って可愛いお嬢様系の女子ばっかって聞いたぜ?」


 いつだって女の話しかしないこいつは、高校1年にして既に経験人数が両手両足で収まんねーらしい。


 俺と違って話が上手いしノリも良いから、女もホイホイ付いて行くんだろう。正真正銘のチャラ男って奴だ。



「……どうなんだよ?気になる女いた?笑」



――気になる女……か。


 一瞬、ニコッと効果音が聞こえそうなあの微笑みが頭をかすめたが、すぐに打ち消す。



「ほ~ん。いたんか。珍しーなー」

「……は?別にいねーよ」


 ニタニタしながらど突いて来る祐貴にイラつきながらも……


 俺……気になってんのか?

 あの白沢ってのこと。


 自問自答してみるも、よく分からない。



「お前もそろそろ彼女作れば?……ほんとは求めてんだろ?心の拠り所ってやつ」

「……るせー。黙れ」


 女子になんて興味ない。彼女なんていらない。大切な人を失った悲しみを……俺はもう二度と、味わいたくないから。



 猫撫で声して寄ってくる女子たちもこれまで沢山いた。でも、どいつもテキトーにあしらってたら、みんな勝手に離れていった。……そう。どうせ皆、簡単に俺の前からいなくなるんだ。



「天下のかい様がお気に召した女性、俺にも会わせてくださいよ~」


 ふざけてゴマをするポーズをする祐貴。


「ぜってー嫌だわ。つーかそんな奴いねーし」


 ふと、また白沢の姿が思い浮かんで……あの焦げ茶色の澄んだ瞳を思い出す。


……うん。祐貴にはやっぱ会わせたくない。



「……さ、踊るか」


 スピーカーから流れるHIPHOPに合わせて、俺たちは日付が変わるまで全身を音楽に乗せた――







――翌日も、俺は真面目に高校へと向かった。


 祐貴も学校だし、一緒にバックレる友達もいない。専業主婦の継母がずっといる家になんか死んでも居たくないから、完全なる消去法で登校を選んだ。


「……あ」


 駅前の自動販売機の前に立っている彼女を発見。なんとなく気になって見ていると……



――チャリンッ……


 白沢の手から、小銭が落ちて転がった。その小銭はバス停の方に転がって行く。



 と、ちょうどそこへ歩いてきたサラリーマン。白沢の小銭に気付くことなく、バス停で立ち止まった。


 小銭は運悪く、サラリーマンの靴の下に……。


 白沢は明らかに困った顔をして、恐る恐るサラリーマンに近づいていく。



“どうしよう……”


 そんな心の声が聞こえてくるほど、彼女は動揺している。後ろからサラリーマンに近づいて声を掛けようと手を伸ばし……



 彼女は諦めた。ゆっくりと踵を返し、再び自販機の前に戻ろうとしている。




「……すいません」


 俺は慌ててバス停の前に駆け寄ると、サラリーマンに声を掛ける。



「……はい?」

「靴の下……ちょっといっすか?」

「はぁ?!」


 怪訝な顔で俺を見ながら、靴を上げる。


「……さっき落としちゃって」

「あぁ……ごめんなさい、気が付かなくて」


 サラリーマンは自分の靴の下から出てきた小銭を拾い、渡してくれた。



「ありがとうございます」


 受け取って振り返る。白沢が目を真ん丸にして俺を見ている。



「……はい。これ」


 小銭を手渡すと、まだ固まったまんまで、じーっと小銭を見つめている。



「たかが100円。されど100円」


 俺が言うと、やっといつもの垂れた目に戻る。彼女は深めに頭を下げると、ドリンクを買った。……2本。緑茶とりんごジュース。



“どっちがいい?”


 と聞くように、両方顔の前に並べて見せてくる。


「じゃあ……こっち」


 緑茶を指さすと、嬉しそうに口角を上げて手渡してくれた。


“よかった”


 そんな心の声が聞こえた気がしたけど。気のせいだったかな?


 きっと……この時からもう、俺たちの青春は、始まっていたんだ――

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