1-3.優しい人
『さくら、ごめん!寝坊した!すぐ追っかけるから先行ってて』
――桜が満開に咲き誇る4月初頭。
親友の
私と麻未は保育園からの幼馴染。晴れて二人とも同じ高校に通えることになり、今日は始業式の日だ。
電車に乗って、高校の最寄駅に到着する。駅前の大通りに面した道を、同じ制服を着た高校生がチラホラと歩いていく方向に習って歩く。
――チャリンッ……
右側の路地から音がして目を向けると、路地を少し入ったあたりに鍵が落ちていた。
その先に視線を移すと、宝華学院の制服を着た男の子がいる。明るい茶髪に片耳ピアス……踵を踏み潰したローファー、ダボっと着崩した制服。
……あ……この人……。
よく見ると、痩せたグレーの猫を抱いている。私はゆっくりと彼に近づいた。
「お前も……寂しいのか……?」
少しハスキーなその声は……とても温かく、私の耳に響いた。
“優しい人”
それが私の中の、彼への印象。
ふと彼が私に気付く。声を掛けられて、慌てて先程拾った鍵を見せると、抱いていた猫をそっと地面に降ろした。
私の足元をすり抜けて、猫は大通りに向かって去って行く。
「……うわっ!!なんだこの猫!きったねぇ……」
「来んなよ、あっち行け!しーっしっ!」
背後から恐らく同じ制服を着ているであろう男子高生達のうるさい声が聞こえる。
目の前で気怠そうに質問してくる見た目は派手な彼に、首を縦に振って返答をしながら、
“……同じ高校……なんだ……”
これから始まる高校生活に、私はとてもワクワクしていた――
「──なに。あのヤンキーくんのこと?」
高校の帰り道、麻未と二人で駅前のカフェに入ってお茶をしていると、突然聞かれる。
驚いて、麻未を見つめ返すと……
「さっきからボーッとしてるからさ?笑」
無意識に考え事をしていたと気付く。
――そう。ヤンキーくんのことを。
「まさかさ?あんな派手なやつが宝華学院にいると思わなかったよねー。笑」
私立宝華学院高等学校。
通っている人間が言うのもなんだけど、わりと裕福な家庭でないと通うのが難しい……世間では“格式高い”と言われている高校である。
父は開業医をしていて、母は看護師という家庭で育った私。幼馴染の麻未は、両親が私立高校の教師の家庭だ。
いわゆる高級住宅街と呼ばれる地域に住んでいる私たち。近所の子たちはみんな幼稚園に通っていたけれど、私と麻未は両親が共働きだったため、同じ保育園に通っていたことから特別仲良くなった。
「……なんで喋らないの?って……あいつ、聞いてきてたけど……」
麻未はこの話題に触れるとき、いつも心配そうな顔をする。そのやさしさが嬉しくて……同時に、申し訳なさもあって。
私はポケットからボールペンとメモ帳を取り出すと、文字を綴った。
『あの人は、優しい人だから』
「え?!」
『もしまた聞かれたら、教えても良いよ』
麻未はなぜだかちょっと泣きそうな顔をして、じっと私のメモ帳の文字たちを見つめている。
ふぅっと小さく息を吐き、ズルルッと音を立ててアイスカフェラテを飲み干すと、
「……分かったよ。さくらが受け入れ態勢なんてレアだもん。次聞かれたら話しとく」
私は麻未の目を真っ直ぐに見つめて頷くと、チューッとストローを吸って、グラスのりんごジュースを一気に飲み干した――
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