第5話 調査

「……こちらです」

 中里が案内したのは、大学構内の端。

 学生達の出入りが禁じられている、古いキャンパスの前だった。

「普段、ここは学生達には、近づかないように、と伝えているのですが……」

 中里が言う。

「……」

 焔は黙って、古いキャンパスを見る。

 入り口にはロープが張られている、どうやら近々、取り壊しになる予定らしい。近くには、切り倒されたらしい樹の切り株が見えた。

「……襲われたのは、その、この中で、彼女と、その……」

 中里がしどろもどろに言う。

 焔は軽く笑う、キリッとしている割には、そういう話にはしどろもどろになる中里の様子が、なんだか可笑しかったからだ。

 だが……

 焔は、ゆっくりとキャンパスに近づく。

「……」

 何かが、ある……

 否。

 あった、というべきなのか?

 微かだけれど、確かに、この建物の中から、何かの……

 いいや。

「……」

 焔は、首を横に振る。

 この建物の中か、あるいはその近く。

 解らない。

 だが……確実に、『何か』がいる。

 焔は、黙って歩き出す。

「……天道さん……」

 中里の不安そうな声。

「すみませんが」

 焔は、はっきりとした口調で言う。

「貴方はこの先には来ない方が良い」

 それ以上は、何も言わず。

 焔は、キャンパスの中に、ゆっくりした足取りで入って行く。


 真っ暗な旧キャンパスの内部には、埃っぽい空気が充満していた。

 埃の積もった床、くすんだ壁、あちこちのガラス窓は割れていて、完全に廃墟、という風情だ、よほどの物好きか、人に見られては困る事をする時で無ければ、自分から進んでこの中に入ろうとする者はいないだろう。だけど……

 だけど……

 何処か……

 この中に、さっきまで誰かがいたような……

 そして……

 何かが……

 何かが、この奥深くに潜んでいる。

 そんな雰囲気も、感じられる。


 やがて焔は、キャンパスの奥まで歩いて来た。

 目の前には、二階へと上がる為の階段と、地下へと下りる階段、だが二階への階段は、叩き潰されたように破壊されていた。

 つまり……進める道は地下しか無い、という事だ。

 焔は黙って、ゆっくりと階段を下りていく。

 コンクリートで出来たハズの階段なのに、まるで……

 まるで、一歩踏み出すたびに、ぎし、ぎし、と、樹が軋む様な……

 違う。

 まるで……

 そうだ。

 植物の蔓が……軋む様な……

「……蔓、か」

 焔は呟いた。

 襲われた学生というのは、植物の蔓に襲われた、という話だったから、まさに今、足下で軋んでいるのは、その蔓なのかも知れない。

 やがて地下室に下りた焔は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、右手の人差し指に炎を灯した。


 どうやらこの地下室は、かなり広い空間になっているらしかった。

「……」

 否。

 焔は、首を横に振る。

 違う。

 これは……

 周囲の壁が……

 全て……

 破壊されている。

「……」

 焔は正面に顔を向けた。

 もう、相手は……

 隠れようとすらしていない。

 そして……

 ず……

 ず……

 ず……と。

 建物全体が、揺れる。

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