第2話 来訪

 立ち上がりかけた椅子に、焔はもう一度腰を下ろす。


「どうぞ、鍵はかかって無い」


 がちゃ……


 焔の言葉に、遠慮がちにドアが開けられる。

 こつ、こつ、と、ヒールの音が響いた。


 女、か。

 焔は、おずおずと入って来た人影を見ながら胸の中で呟く。



 二十代半ば、という年齢だろう、灰色がかったスーツの下に、地味な白いブラウス、黒くて長い髪は、単に染める事に興味がない、という雰囲気だ。

 肩には大きめの鞄がかけられている、中には何が入っているのか解らないが、鞄の膨らみから見て本か何かだろう、鞄が痛まないように、きちんと揃えて入れてあるのが解る。

 かなり几帳面な性格なのだろう、公務員か、あるいは……

 そこまで考えていると、女が顔を上げ、焔を見る。

「あ あの……」

 女が言う。

「こ ここって、天道探偵事務所ですよね?」

 おずおずと不安そうに言う女に、焔は少し笑いながら、白い指で床を指し示す。

「下にそう書いてあったろう?」

 この街に住み着いて二年、焔の自宅兼職場は、ずっとこの事務所がある雑居ビルだ。他にテナントが入ったところを、焔は見た事も無い。

「……それで?」

 黙ったままの女に、焔は問いかける。

「どういうご用件です?」

「……あ、は はい、お お仕事を、その、い 依頼したくて……」

 焔の問いに、女はどもりながら言う。

「ご依頼、ですか? どういったご依頼でしょう? 浮気調査? それとも迷子になったペット探しで?」

 焔は問いかける。ここ最近、舞い込む依頼はこんな内容ばかりだ。


 だけど……

 その問いに、女はきょとん、とした顔になる。


 しばしの沈黙。

 ややあって。

 女は、遠慮がちに言う。


「……あ あの……」

 じっ、と。女が、焔の顔を見る。

「こ ここは、その……霊媒とか、そういう依頼を引き受けてくれる、と、そう伺ったんですが……」


 その言葉に……焔は、一瞬沈黙した。


「ああ」

 焔は、頷く。

「そちらの方の『依頼』でしたか、これは失礼……」

 焔は言いながら、改めて居住いを正す。


「失礼しました、『依頼人』さん」

 焔は、女を見る。

「改めて、ようこそ、天道探偵事務所へ」

「……」

 女は、何も言わない。

 焔は、気にせずに続けた。


「改めて、依頼内容を伺いましょう」

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