DEVIL BUSTER
@kain_aberu
第一章:妖樹
第1話 退屈
退屈は、人を殺せる」
深夜零時。
都内某所。
天道焔(てんどうほむら)は、小さい声で呟く。
ズボンのポケットから、煙草の箱を一箱取り出す。
蓋を開けて中身を見る、残念ながらもうあと一本しか無い。焔は顔をしかめ、箱の中からその残った一本を取りだし、口にくわえた。
ライターは無い。焔には……
焔には、必要無い。
すっ、と。
煙草の先に人差し指を押し当てる。
ぽっ、と。
その指先に、炎が灯った。ライター程度の小さい炎。
その炎は、焔の指の先、第一関節くらいまでを完全に包んでいたけれど、焔は眉一つ動かさない。そのまま煙草に火を点ける。
ぼんやりとした炎が、焔の姿と、目の前の風景を、闇の中に浮かび上がらせる。
やや茶色がかった長髪を、後ろで一本に纏めた長身の若い男性。
男のくせに妙に肌の色は白く、やや不健康な印象を与える。煙草に火を点けた指先も、男のくせに妙に白くてほっそりとした指だ。
猛禽類を思わせる鋭い目つきに、整った顔立ちの優男ではあるが、今はやる気の無いぼんやりとした眼差しと、不機嫌な仏頂面のせいで良い印象を与えない。
「……」
焔は正面に視線を向ける。
応接用のソファーとテーブルが置かれてはいるものの、もう何年も使用していない。
焔が座っている仕事用の椅子とその前に置かれたデスク、その上には最新式のパソコンが置かれている。
焔は煙草を吹かしながら、ゆっくりと背中を後ろにある椅子の背もたれに預けた。安っぽい革張りの椅子が、ぎし、と小さく軋んだ。
焔は、ゆっくりと……
ゆっくりと、紫煙を吐き出した。
天道焔(てんどうほむら)。
それが彼の名だ。
現在二十二歳。この街に来たのは二年ほど前、現在はこの街で探偵をしながら生計を立てている。
だがそれは……
それは、表の顔に過ぎない。
焔は、指先に灯していた炎をふっ、と消した。
そう。
これこそが焔の『力』だ。
この世にいる、悪霊、妖怪、魔物、悪魔。様々な『人ならざる』モノ達。
焔が生まれた『天道』の家は、そうした『モノ』達を、生来授かった『力』によって討伐する、所謂『妖怪退治』を生業とする家だった。
その実力は、日本だけでは無く、世界の各地に存在する『同業者』達の間でも、知らない人間はいない、というレベルだ。
だが……
そんな『天道』の家系において……
もっとも低い『力』を持って生まれた子供がいた。
そう。
それこそが焔であった。
『天道』の一族において、最も弱い『力』を持って生まれた子供。
焔は、子供の頃からずっと両親からそう言われ続けていた。一つ年下の弟が、既にいくつもの術を習得していた頃、焔は簡単な術も使えなかった。
両親はそんな焔を疎み、嫌い、憎み……
そして……
そして、十二年前、焔がまだ十歳の頃。
両親は、焔を捨てた。
一族が、術を鍛えるための『霊山』。
そこに、母は焔を捨てた、『妖怪退治』を行う『霊能者』、そういう顔の他に、表の顔で、その時暮らしていた街の有力者、という顔も持っていた父の権力をもってすれば、実際には生きている息子を、『死んだ』事にするなど簡単だった。
それから十二年。
焔は、山の中で出会ったある『霊能者』に保護され、彼の元で修行を積んだ。
そして二年ほど前、この街に来た焔は、ここで探偵事務所をオープンさせた。
だが、客はなかなか訪れず、生活はいつだって火の車だ。
焔は息を吐いて、短くなった煙草をデスクの上に置かれた灰皿の上に押しつけた。
煙草も、もうこれが最後の一本だ。
デスクの上には、もう完全に空になってしまったビールの空き缶が何本も転がっている。
焔は、椅子に背を預けたまま、ゆっくりと……
ゆっくりと、息を吐いた。
依頼が来なければ、する事も無い。
時間も既に深夜だ、そろそろ眠ろうか、どうせこんな時間ならば客も来ないだろう。
焔は、そう思いながら、のんびりと椅子から立ち上がろうとした。
だけど……
こん、こん……
「……」
遠慮がちなノックの音が、薄暗い事務所の中に響いた。
焔は、出入り口のドアを見る。
こんな時間に、客か。
焔は、ドアを見ながら思った。
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