第38話『決着』



 大鎌が俺とルーナめがけて襲い掛かってくる。

 それを操るのはゾンビのように自我の無い男達。そして、その男達を操っているのがキラーラちゃんだ。

 男達は本来は曲がらない方向へと腕をまげたりして、予測できない方向から鎌を繰り出してくる。

 さらに、キラーラちゃんの大鎌はそんな男たちの間を行ったり来たりしている。瞬時に契約先を乗り換え、多角的に攻撃を仕掛けてくるのだ。


 大勢の人間を手足のように使い捨てるキラーラちゃん。

 そのキラーラちゃんの大鎌はどこから飛んでくるかも読みづらく、威力も高い。

 まさに必殺の布陣というやつだ。




「なら、その布陣を砕くだけだな」


『死んじゃえっ!!』


 迫る大鎌。

 俺はそれを避けるついでに、キラーラちゃんという大鎌を振るってきた男の両足を軽く蹴り飛ばした。


『なっ――』


 当然、キラーラちゃんと契約しているその男は態勢を崩す。

 そして今のキラーラちゃんの反応……思った通りだ。


『こん……のぉっ――』


 態勢が完全に崩れる前に、キラーラちゃんは近くに居た他の男に契約先を変え、再び大鎌を振るう。

 だけど……これならまだ対処できる。


 なにより、もう『キラーラちゃんを万が一にでも傷つけないように』なんていうかせが俺にはもう……ないっ!


「うおらぁっ!!」


 今度の大鎌は避けられそうになかったので、側面から全て弾く。

 そして、がら空きになった男の両足を――蹴り穿つっ!!



『キャッ……そん……なっ!?』



 結果――キラーラちゃんと契約していたその男の両足が文字通り消し飛んだ。

 キラーラちゃん自身は動揺しつつも、倒れる前に他の男に契約し直していたのでほぼ無傷だが、この男はもうリタイアだ。またこの男に契約し直したとしても、足がない以上立つ事はない。


「ごめんね、サクラちゃん。どうにも死者を出さずにってのは無理みたいだ」


『会長さん……』



「さて――キラーラちゃん。まだやるかい? 俺は君の手駒を今から一人一人潰していく。手駒がなくなった君は俺達に勝てるのかな?」


『くっ――』


 それでも愚直に向かってくるキラーラちゃん。

 だが、そこからは一方的だった。



「きゃっ――」


「いったっ――」


「うぅっ……お願いだから……やられてよぉっ!!」


 多角的に振るわれる大鎌を避けて、打ち払い、時には受け止める。

 例え優れているこのルーナの鎧と言えど、幾度もあの大鎌を受けて傷ついてしまっている。これ以上真正面からあの切れ味の大鎌を受けられる保証はない。

 

 だからこそ、壊れないように多少手加減しながら四振りの大鎌をいなし、逆にもうどうしようもなくなっているであろう男達を惨殺していく。



「これは……馬鹿な……悪夢か?」

「クックックックックック。ハッハッハッハッハッハッハ。素晴らしい。まさかここまでとは。第一段階の契約でこれとはな。いや、契約者が異常なのかな? ともかく、これではキラーラに勝ち目はあるまい」


 王様は焦燥の声をあげ、逆にデヴォルはキラーラちゃんが劣勢だというのに楽し気に笑っている。



 そうして俺はキラーラちゃんのストックである男達を全て再起不能にする。

 そこそこの人数が生きてはいる。だが。その全員が両足を吹き飛ばされているか、良くても足の骨が折れている状態だ。キラーラちゃんがあれらを操ったところで立つ事も出来ず、役には立たない。


「くっ――」


 それを悟ったのか、キラーラちゃんはようやく男達との契約を完全に解除し、俺たちの目の前にその本体をさらけ出す。


 現れたキラーラちゃんは酷いありさまだった。


 鼻からは血が出ていて、左腕も変な方向に曲がっている。

 足も震えていて、立っているのがやっとという状態だ。


「うあ……あ……アァァァァァァァァァァァッ!」


 それでも、彼女は向かってきた。

 割れた瓦礫の破片をその手に持ち、意地でも俺を殺そうと……デヴォルに与えられた命令を果たそうとしていた。

 やりたいからやっている訳じゃない。

 ただ、怖いから。どうしようもないから。彼女はそうするしかない。


 そんな彼女に――


「ごめん」


 そう謝って、俺は彼女の顎に真横から衝撃を与える。


「あ――」


 精霊と言えど、基本的な体の造りは一緒。

 それはルーナから聞いているし、見ていれば分かる。

 そうして疲労している状態で思いっきり脳を揺らされたキラーラちゃんは為す術もなく倒れ……気を失った。



「馬鹿……な。アレが負ける……だと? 数多の肉人形を使いつぶし、自力で動くアレが? くっ……こんな事になるならばもっと多くの肉人形を用意するべきだったか――」


「それは間違いだな王よ。アレとキラーラではそもそもの格が違った。それだけの話だろう。まったく。未だ契約回数は両手の指で足りる程度だろうに。よくここまで使いこなせるものだ。驚嘆すべきは契約者か、はたまた精霊か――。どちらにせよ……面白い」


「なっ!? 面白いとはなんだ!? 大体、貴様が言ったのであろうがっ。アレの力さえあれば確実に勝てると……だから余は――」


「その点に関しては申し訳ないと思っている。だが、悲しいかな。戦力差は歴然。それに、私にももう打つ手はない。この状況を打破する力も権限も持ち合わせてはいないのだ」


「き、貴様、悪魔なのだろう!? ならば契約を果たせっ!!」


「くっくっく。確かに私は『デヴォル』と名乗ったが……真に悪魔という訳ではないのをお忘れか? そもそも、私に名などない。真に悪魔たる人物は知っているがね。さしづめ、私は出来損ないの悪魔といった所だろうか。その程度ゆえ、ない物は出せない。契約を遂行したいのは山々だが、無理なものは無理だ」


「この――」



「ごちゃごちゃうっせぇんだよクソ野郎共」


 醜く争う王とデヴォル。

 といっても、一方的に王がデヴォルを責めているだけか。

 この状況にあっても、デヴォルには余裕があるように見える。


 その全てに――腹が立った。





 俺は後ろに居るユーリとサクラちゃんに気絶したキラーラちゃんを託し、今度こそデヴォルと、そして王様を睨む。


「そこのクソ王はさっきからキラーラちゃんを道具だの兵器だのアレだのと……キラーラちゃんの事を何だと思ってるんだ? 元々、俺はアンタの事が好きでもなんでもなかったけど、今回の事でハッキリした。アンタクズだな。ここでアンタを殺して王様を代替わりさせるってのも面白いかもしれない。なんならこのツマノス国を滅ぼして、ここを精霊国家ロリコニアの領土にするのもいいかもな? そして――」


 王様に言いたいことの殆どを言った俺は本命……クソ野郎筆頭のデヴォルを睨み。


「それ以上に許せないのはお前だよ、デヴォル。いきなり横から出てきて俺たちのキラーラちゃんに何させてんだ、お前? あの子が嫌がってるのが分からなかったのか? そんなわけないよな? 泣きながら鎌を振るうあの子を見てゲラゲラ笑いやがって……。お前だけは絶対にここで殺していく。お前を生かしている限り、キラーラちゃんは幸せになれないからな。サクラちゃんには悪いが、お前だけは生かしておけない」


 クソ王とクソ悪魔。

 その両方を……ここで殺す。

 少なくともデヴォルだけは確実にここで殺しておく。こいつは生かしておくだけで精霊(ロリ様)を不幸にする害虫だ。


「ひっ――」

「くっくっく」


 俺の殺気を受け、王様はひどく震え、失禁までしている。

 デヴォルは相変わらず肩を震わせて笑っている。

 俺程度では自分を殺せないとでも思っている感じだ。


『アコン。多分だけど、王様はデヴォルに唆されただけ。私もあの人は嫌いだけど、殺すのは勿体ないと思うわ』


「あ、前言撤回。王様、アンタは殺さない事にした」


『即答!?』




 ルーナの意見を聞いて音速で意見を変える俺。

 別に自分の意志が薄弱とかそういうのじゃない。

 単に、王様はクズでどうしようもない人間でムカついているのは事実だけど、それ以上にルーナが可愛いから何でも聞いてしまいたくなるってだけの話だ。


 それに、この王様はもう俺達が手を下さなくても大したことは出来ないだろうしな。ルーナの言う通り、デヴォルにいいように操られてたっぽいし。


 それに、ルーナの言う通り、王様には生かしておく価値がある。後で無理難題を色々吹っ掛けてやろう。


 しかし――


「だけど、デヴォル。お前だけはダメだ。お前だけは絶対に絶対にぜーーーったいに……許さないっ!!」


 デヴォル。

 こいつのせいでキラーラちゃんは苦しみ――

 こいつのせいで俺はキラーラちゃんを傷つけてしまった。


『私も……あなたは絶対に許さない。あなたをここでやっつけてもあまり意味はないだろうけど……それでも、ここで一つくらいは潰していく』


 ルーナもデヴォルだけは許せないようだ。

 そんな俺たちの啖呵たんかを聞いて、デヴォルは両手を広げてなお笑い続ける。



「ふはははははははははははは。面白い。実に面白い。感情豊かになったようで何よりだよ姫君。いや、ルーナと呼ぶべきかな? なんにせよ、心を凍てつかせたかつてのA2様の元気な姿が見れて私は満足だ。しかし……いいのかね? 私を殺しても意味がないことは――ん?」



 それ以上はもう聞いていられない。

 聞いているだけで腸が煮えくり返る。脳が沸騰する。腹が立つ。

 こいつが息をしているだけで反吐が出る。資源の無駄使いだ。


 だからこそ――


『――解放』


 疾く――死ね。

 俺とルーナは最速の動きで哄笑をあげるデヴォルを首を手刀にて絶つ。

 分かたれるデヴォルの首と胴体。

 そのまま、俺達は駆け抜けるようにして王様の背後に立ち、後ろからその首を鷲づかみにする。



「な……に?」

「な……デヴォ……ル?」



 止まっていた時が動き出すかのように、デヴォルと王様が間抜けな声を上げる。



「さて――チェックメイトだが……まだやるか?」

『やるなら……私たちは容赦しないわ』



「ひやっ、やら……やらないっ。ここ、降伏するっ!!」


 降伏宣言をする王様。

 ふぅ。これにて一件落着という所か。


「これは……くく、なるほど。私への恨みで解放に至ったか。これはこれは。最後に面白い物が見れた。散々さんざんあおった甲斐があるというものだ」


「なっ!?」

『……』


 聞き覚えのある声。

 そして、それはもう聞こえるはずのない声。


 それは……さっき首を断ったはずのデヴォルの声だ。


 振り返ると、奴は首だけの状態でその顔に笑みを張り付かせていた。

 奴がまとっていた黒いローブは首と共に斬り捨てたので、その顔が初めて露わになったのだ。

 そうして初めて見るデヴォルの顔は真っ白な能面の如く白かった。

 


「ああ、心配は要らないよ。もうじこの体は機能停止する。この勝負、君たちの勝ちだ。存分に勝利に酔うがいい。

 姫君……A2様……いや、失礼。ルーナだったか。精霊ルーナ、しばしの別れだ。またいつの日か、お迎えに上がる。それまではそちらの契約者……失礼。なんと言ったかな?」


「……アコン。露利蔵ろりくら阿近あこんだ」


「アコンか……。君はルーナを扱える貴重な存在だ。契約だけならともかく、解放まで使いこなすとなれば放置はできかねる。必ず、回収に伺うのでそのつも……り……で――」



 そうしてデヴォルは、電池の切れた機械のように動かなくなり、二度と喋る事はなかった。

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