第26話『サクラの決断』


「これは……まさかここで契約!? ちぃっ、プロミネンス・スマッシャーッ!!」


 焦った声を上げるレイラ。

 彼女は味方への損害など考えず、炎の柱をユーリ達めがけて放った。

 当然、その中間には多数の兵士が居る。


「なっ……レイラ様!?」

「これじゃ俺たちまで巻き添えに!?」


 迫る炎を見て焦る兵士たちだが、回避する時間などありはしない。

 炎の柱は直線状に居る兵士たちをユーリとサクラもろとも焼き尽くし――


「させねぇよい」

『させないっ』


 その時、桜の花びらが舞った。

 その花びらは炎に巻き込まれそうになっていた人々の盾となっていた。

 炎の柱の熱量は不明だが、それでもただの花びらが受け止められる熱量でないのは確かだ。

 にも関わらず、桜の花弁は吹き荒れる炎を全て押しとどめていた。


「なんですって!?」


 魔法を放ったレイラは自身が放たれた魔法をいともたやすく防がれた事にひどく動揺する。

 そんななか、桜の花弁を撒いて全てを救った者達が立ち上がる。


『私は争いが大嫌い』


 それは不思議と響く声だった。


『私は日常が大好き。レンカちゃんが居て……ユーリさんが居て……精霊やロリコン紳士のみんなと過ごす毎日が……すっごく大事で……いとおしいの』


 そうして現れたのは――桜色の大楯。

 その一部は欠けており、今は周囲に散った花弁を吸収している。

 大楯は欠けた一部を、周囲に散らせた花弁を取り込むことで修復しているようだった。



『でも、そんな簡単にはいかないんだよね。私が平穏を愛するように、あなたみたいに力を求めて闘争を続ける人も居る。分かり合う事はきっと……出来ないんだよね。だから――私は決断したの』


 その決断と共に、桜の花弁が舞い上がる。

 そうして盾となった精霊――サクラはその場の全員に聞こえるように告げた。


『分かり合えないなら……もうそれでいい。でも、私の大切な人達を傷つけようっていうんなら……その場に居る敵も味方もまとめて私は守ってみせるっ!! 全ての悪意は私が受け止める。そうして守って守って守りきって……矛を収めてもらうの。もう……私の目の前では誰も死なせないんだからっ!』


 あくまでも暴力に訴えないと主張するサクラ。

 そのあまりにも優しくて甘い。しかし強すぎる決断にその場に居る全員が圧倒されていた。


 それに対し、最初に声を上げたのは――精霊であるサクラ(盾)を装備したユーリだった。


「くくくくく。カーッカッカッカッカッカッカッカ。そうか、そう来るとは思わんかったわい。サクラちゃんの甘さを捨てさせようと思って好きにさせてみたんじゃがのぉ。その為にサクラちゃんがどうなっても手を出さんように他の奴らには控えて貰ってたんじゃが……これは想像以上じゃぜ。甘さもここまで極まれば一つの強さじゃっつー話じゃ。そう思わんか、レイラ?」



「ハッ――! そんなの所詮、偽善じゃない。分かり合えるまで話す? それで解決するなら争いなんてとっくになくなってるわよ。あぁ、うざいうざいうざい。死ぬっほどうざいわっ!」


 レイラは自身の美しい髪を掻きむしり、憎悪の瞳をユーリに……ユーリの持つ桜色の大楯へと向けた。

 大楯からは今も桜の花弁が散っており、その所有者であるユーリだけでなく全ての人を守るんだという意志を感じさせた。

 それを感じたレイラは一層怒りを募らせた。


「アンタ達、何をぼーーっとしてるの!? 敵が無抵抗のままで居るってわざわざ宣言してくれてるのよ? 恐れずに武器を繰り出しなさいっ」


 そう――サクラは守ると宣言した。

 敵も味方も守る。目の前で誰の死も許さないと宣言したのだ。

 それは、戦場において甘すぎる程に甘い。


 守ってばかりでは敵は倒せない。

 永遠に守りに入っていては、どれだけその盾が強固であっても集中力、もしくは盾の限界が訪れて敗北するだろう。


 だからこそ、レイラは絶え間なくユーリとサクラを攻め立てるように指示を出す。

 しかし――


「あ、アンタ達……どうして動かないの!?」


 その場に居た兵たちは微動だにしなかった。

 指揮官であるレイラの命令を遂行するためにユーリとサクラに武器を向ける事も、ましてや武器を構える事さえもなかった。

 やがて、兵士達が武器を落とし、言った。


「――できない」

「俺には……あの子に武器を向ける事なんか……出来ないっ!!」

「あの子は敵である俺達を守ってくれた。それなのに俺たちがあの子に剣を向けるなんて……そんな恥知らずな真似出来る訳がないっ!」

「レイラ様は俺達を駒としか思ってねぇっ。そんなアマの言う事、俺はもう聞きたくねぇっ。俺は……俺はサクラさんに付いていくっ!!」


「んな……んですってぇ……」


 ――反乱。

 それは、たかだがこの場に集まった数百人ぽっちによる反乱。

 全体から見れば大したことのない人数の裏切り。


 しかし、流れは変わった。


「よぉく聞けぇい皆の者ぉぉっ!!」


 ユーリは声を張り上げ、苛立つレイラの声をかき消す。

 そうして、自分達が降りてきた山頂を指さし。


「儂とサクラちゃんは交渉が失敗したんで一時撤退する。そこでじゃ。貴様らの中に我らの理念……もしくはサクラちゃんの理想を共に叶えたいという同志が居るのならば共に我らが国へ来るがいい。儂ら精霊国家ロリコニアはそれがロリやロリコンであるならば、全てを受け入れるんじゃぜいっ!!」


「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」」」


「カッカッカッカッカ。さすがサクラちゃんじゃ。意図せず多くのロリコン同志を得ることが出来たわい。さて――それでは行くとするぜい? 殿しんがりは儂に任せろぉっ。お主らは今日よりロリ様を守る剣――ロリコン紳士じゃぁぁぁぁぁっ!!」


「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」」」


 そうして、数百の内のごく少数を除いた兵士たちが山頂を目指して走り出す。

 あまりに馬鹿げた光景。しかし、それを指揮官であるレイラが黙ってみていられるわけがない。


「くそ……こんなバカげた事態……。何をしてるの!? さっさとあいつら全員始末しなさいっ。こうなっては仕方ない。精霊の一匹くらい、射殺してしまってもいいわ。早くあの裏切り者たちの首を捕るのよっ!!」


「れ、レイラ様? こ、これは一体……」


「ちぃっ。騒ぎを聞きつけて他の兵が来たのね。いいわ、今は好都合。アンタ達、来たなら私の役に立ちなさいっ。背を向けて逃げる反逆者達を皆殺しにしてっ!!」


「そ、そんな……しかしアレは…」


 騒ぎを聞いて駆け付けた他の兵士たちが命令を受けるが、去っていく元味方に対して武器を向ける事など心情的に出来るはずもない。


 それもそうだろう。


 なぜ、彼らが敵であるユーリに守られながら敵の本拠地へと向かっているのか。

 なぜ、指揮官であるレイラは自分達に仲間であるはずの兵士たちの首を狩るように命令を下しているのか。


 そんな、何も分からない状態で元仲間に剣を向けられるわけがない。

 一方的に指揮官から『あれらは裏切り者だ』と言われたところで、すぐに納得できる兵など居る訳がない。


「この……役立たず共がっ。いいからさっさと追いなさい。でないとあなた達も肉人形にするわよっ」


 大楯となったサクラとユーリという最強の防御役が殿を務めている事もあり、追撃は思うように上手くいかない。

 そうしている間に、レイラの軍から抜けた兵士たちはもう見えない所まで去ってしまい――


「ふぅ。予定とはだいぶ違うがこんなもんでいいじゃろ。行くぞいサクラちゃん。帰ったら新たなロリコン紳士達の門出を祝って乾杯じゃぜ。カッカカカカカカカカ。それじゃぁのぉレイラッ。もう会わん事を祈っとくぜい」


『話し合いは無理だったけど……守れた。この力で私は……みんなをどんな災厄からも守って見せるわっ。その為にユーリさん……これからも力を――』


「水臭ぇのぅサクラちゃん。ってかそろそろユーリって呼び捨てでも良くね? それかユーリお爺ちゃんって呼んでくれないと儂、泣いちゃうんじゃぜ?」


『え、えとえと……じゃぁ、ユーリで……』


「おぅっ。これからもよろしくの。サクラちゃん」


『――――――はいっ!!』


「待ちなさいユーリッ!! そしてそこのガラクタッ! 道具風情がよくもこんな……。クソッ。待ちなさいっ。この……待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



 そんなレイラの怨嗟の叫びを背に、ユーリとサクラはロリロリワールドへと帰還するのだった――



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