第14話『王は悪魔と取引する』


 ――ツマノス王城内、王の間


 阿近あこん率いる『ロリコン紳士の会』がツマノス王城に捕らえられていた全ての精霊を解放してから数日が経ったその頃。

 王の間にてツマノス王――『ツマノス・デスデリア』の怒号が響いていた。


「まだ奴らの行方は掴めておらんのか!?」


「も、申し訳ありません。放たれた斥候からも連絡がなく、目撃情報も未だに乏しい現状では――」


「ええい、役立たず共がっ。くっ……もう良い。下がれっ」


 未だに何の成果も得られない自身の配下を下がらせ、ツマノス王は苛立たし気に王座に座る。


「あと一歩……あと一歩で精霊たちの力が手に入っていたというのに……。百の精霊の力さえあれば他の国々など恐れるに足りんかったであろう。だというのに……忌々しい勇者がぁっ!!」


「おじい様。お気持ちは分かりますが抑えてください。既に国内からの脱出は封じておりますし、それが突破されたという報もありません。であれば、彼らはまだ国内に居るはず。見つけ出し、奪われた全ての精霊を取り返せばいいだけではないですか」


「王女様の言う通りよ。向こうの戦力はたかが百程度なのでしょう? 向こうはそんな少人数だからこそ今はこそこそ隠れることが出来ているし、だからこそ前回は奇襲を許してしまった。けれど、万全の体制を整えさえしていればこちらに負けはないわ。なにせ、こちらの動員できる兵の数は確か――」


「――動員できるのは二万五千の兵だ。ああ、確かにお主らの言う通りだろう。だが……奴らは精霊を奪った。もし、その力でもって対抗されればどうなるか、余自身にも分からんのだ。なにせ、余も精霊の力はその片鱗しか知らぬのだからな」


 ツマノス王は傍らに控えている王女『ツマノス・クルゼリア』と魔法使い『レイラ』にそう不安を零す。


「おじい様……精霊とはそこまでの力を持つのですか? 私は一度もその力を見たことがないのですが……。レイラは?」


「私もありません。そもそも、少し前まで精霊などという存在が居る事自体知りませんでしたから」


 ツマノス王と違い、王女と魔法使いは精霊と言われてもピンと来ていない様子だった。

 そんな彼女たちに、ツマノス王は続ける。


「余も精霊と人間が契約した場合、どれほどの力を発揮するのかは知らぬ。だが、あの精霊は触れるだけで人を死に至らしめる力を持っていた。それだけでも恐ろしいというのに、契約を交わした精霊は兵器になるとあの精霊の記憶にはあったのだぞ?

 つまり、契約した精霊は触れただけで人を死に至らしめる以上の兵器になり果てる……かもしれぬのだ」


 見たことがない物は怖い。

 ツマノス王は未だ見ぬ精霊の力が自分に向けられる事を恐れていた。

 だからこそ、精霊の契約は今まで部下の誰にもさせていなかったし、させるとしても自分に逆らえない者のみを厳選して精霊との契約をさせようと考えていたのだ。

 しかし、それが裏目に出て精霊たちは阿近たち『ロリコン紳士の会』に奪われてしまった。


 彼らが精霊との契約を果たし、その刃が自身の喉元に突き立てられることを想像して……ツマノス王は身を震わせる。

 その時だった――


「精霊がご入用ですか?」


 いつの間にそこに居たのか。

 王の間の一角に佇む黒いフードを被った人物。

 彼は唐突に現れ、王に話しかけてきた。


 そんな男に対し、王は。


「――ライトニング・ソニックッ」


 ツマノス王はすかさず立ち上がり、即座に魔法を発動した。

 しかし――


「おぉ、なんという速さの雷撃か。もう少し威力が高ければ危うかったかもしれませぬな。怖い怖い。さすがはツマノス王だ」


 黒いローブを被った人物は無傷だった。


「何奴だ!?」


「あぁ、それは当然の疑問でしょう。私としても自己紹介の重要性は重々承知している。そして、あなたは王だ。王に対して名を名乗らないなど不遜も甚だしい。だが、申し訳ない。ゆえあって私には名という物がない。ゆえに、答えることは出来かねる」


 ツマノス王の問いに、黒いローブのその人物は慇懃無礼いんぎんぶれいな態度で名はないと答える。


「だが、名無しと言うのも都合が悪い。ゆえに、私は自分の事を『デヴォル』と称している。どうか王もそうお呼びください」


「ふん……デヴォルか。貴様は自身を悪魔だとでもいうつもりか?」


 デヴォル……それは悪魔を意味する。

 そんな明らかな偽名を黒いローブの男は名乗ったのだ。


「いえいえ、滅相もない。私などよりも悪魔に相応しい方は大勢居るだろう。ただ……あなた方にとって私は悪魔に違いないと思ってね。強大な力を与える代わりにその魂を頂く悪魔。あぁ、いまの私はそれに相応しいと思うのですよ。少なくとも、姿形だけ獣に替えられた失敗作とは違う」


「……失敗作だと? それに、力を与えるとは一体?」


「ええ、王も既にご存知でしょう? この国にて悪魔と呼ばれし紛い物。いやはや、あれが悪魔などとは嘆かわしい。あれは言うなればただの獣だ。この世に真に悪魔が居るのならば、さぞお怒りだろう」


 芝居じみた仕草で残念がる黒ローブの男。

 しかし、そんな茶番にツマノス王は付き合うつもりはなかった。


「質問に答えよ。あれらが失敗作とはどういうことだ? それに、力を与えると言ったが、貴様は余らに何を求めている?」


「ああ、これは失礼を。そうだな。まず、失敗作という発言に関しては忘れて頂きたい。あなた方には関係のない事だ。力を与えると言ったのはまさにその通り。王は精霊をご存知で、その精霊を欲しているのでしょう? ならば私が自慢の一品を進呈致しましょう」


 そうして黒ローブの男のローブがひらりとはためく。

 すると、そこには今まで居なかったはずの場所に薄いピンク髪の少女が現れていた。 


 ツマノス王は『まさか――』と思い、少女を凝視する。

 その王の心を読んだかのように、黒ローブの男は少女の正体を伝える。


「察しの通り。彼女は精霊ですよ。それも優れた逸材だ」


「くすっ、初めまして王様♡ 私は精霊のキラーラだよ」


 明るく王へと話しかける精霊の少女、キラーラ。

 白のドレスを身に纏い、ニコニコと笑っている。

 そして、黒ローブの男に使役されているのか、その首元には少女に似つかわしくない鋼の首輪が取り付けられていた。


「力をお求めならば、彼女をあなた方にお貸ししましょう。彼女は優秀な精霊だ。戦場にも慣れているし、契約相手の人間さえ尽きなければ向こうの精霊など相手にもなりますまい。そうでしょう? キラーラ」


「ふふっ、勿論だよっ。あんな奴らにわたしが負ける訳ないもん。安心してね王様? 敵の精霊も人間もわたしがぜーーーんぶ殺してあげるから♪」


「くくく、キラーラよ。気持ちは分かるが少し落ち着いてほしい。まだ、王との契約が結ばれたわけではないのだから。断られればそれまでだ」


「え~~~~~~。そんなのつまんな~い。ねね、王様? 王様はわたしの力、欲しいよね? わたし、すっごく役に立つと思うよ?」


 自分を役に立つとアピールする精霊の少女、キラーラ。

 しかし、最終的な決定権は黒ローブの男、デヴォルが握っているらしい。


 二人のやり取りからそれを察したツマノス王は、続けてデヴォルに照準を合わせて語り掛ける事にした。


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