第15話『王は悪魔と取引する-2』



「要件は分かった。貴様らは裏切り者を達を倒せるだけの力を余に貸してくれると……そういう認識で良いのだな?」


「然り。こちらはここに居る精霊キラーラを貸し出しましょう。代価によってはそのまま王に献上しても良いがね」


「そうか……だが向こうの精霊は百。対してこちらの精霊がそこに居る一体とは……いささか以上に分が悪いのではないか?」


 ツマノス王は精霊の数の差を問題に上げた。


 純粋な兵力差でいえば、ツマノス王側に軍配が上がる。

 しかし、精霊の数の差で言えば阿近あこん達『ロリコン紳士の会』が勝るのだ。


 それがどう戦いに影響を与えるのか、精霊の力の一端しか知らないツマノス王には分からない。

 だが、ここで精霊の数の差を話題に出す事で『もっと多くの精霊を貸すことは出来ないのか? もしくはこちら側が勝てる根拠でもあるのか?』と遠回しに尋ねたのだ。


 そんな王の意図を汲み取ったデヴォルは肩をすくめながら。


「いやはや。これは参った。数の差を出されると私からは何も言えませぬな。しかし、残念ながらこれ以上の戦力を貸し出すことは不可能。はてさて、どうしたものか」


 ――と、自身の手札がもうない事をあっさりと明かした。

 無論、それが嘘か本当かは不明だが。


「それはつまり、余が貴様の力を借りようと借りまいと奴らには勝てない。そう貴様は言うのか? 先ほどは奴らの持つ精霊など敵にもならないと言っていたが、あれは嘘か?」


「いいや? そういう訳ではありませぬ。先の発言の通り、キラーラと貴国の精強な兵が力を合わせればまさに天下無敵。敵の精霊たちなど容易くほふれましょう。

 しかし、キラーラ抜きではそうはいきますまい。契約した精霊の力は強大だ。それが敵には百体。失礼な事を言わせていただくと、貴国の兵だけで契約したあれらと相対した場合、敗北は必定でしょうな」


「なっ!? あなた、おじい様に向かってそんな――」


「控えよクルゼリアっ! 女が取引の場に口を出すでないわっ!!」


「っ――」


 デヴォルのあまりに不遜な物言いに声を荒げた王女クルゼリアだが、そんな孫娘の行動をツマノス王は咎めた。

 ツマノス王は口を閉ざしたクルゼリアを一瞥すると、再びデヴォルへと向き直る。


「これは失礼した王女殿下。私は宮廷作法には無頓着でしてね。どこか至らない点があっただろうか?」


「~~~~~~」


 デヴォルの物言いに苛立つ王女『ツマノス・クルゼリア』

 彼が謝ってもクルゼリアの苛立ちは増すばかりだった。

 しかし――


「茶番は良い。それで?」


「おぉ、そうでした。話を戻しましょう」

 

 そんな彼女の葛藤など、二人にはどうでもいい事。

 そう言わんばかりにデヴォルの話は続いた。


「先も言った通り、契約した精霊の力ととても強大だ。しかし、キラーラは幾多の戦場を駆け、多くの契約者と戦闘をこなした逸材。仮に契約者が戦場にて力尽きようと、彼女ならばすぐに他の人間と契約を交わし戦闘を続行できるだろう。それに比べ、向こうの精霊はその殆どが失敗作。大した力はありませぬ。ただ――」


「ただ……なんだ?」


「残念ながら、それをことに乗せて証明するすべを私は持っていない。

 言葉の上では勝てる。負けるはずがない。敵は弱い――――――などと、好きに言えよう。だが、その言葉を王は信じられるだろうか? いな、信じられるはずがあるまい。なにせ、私たちは出会ったばかり。信頼関係も何もない。そこで王よ。私から提案があるのだが、よろしいだろうか?」


「……なんだ?」


「今ここで、キラーラの力をお見せしたい。百の精霊が束になろうと問題はない。そのように王が確信するに足る力が彼女にあるか、見極めてもらいたいのだ」


「……いいだろう」


 警戒を解かないまま頷く王。

 しかし、デヴォルの要求はまだ終わっていなかった。


「感謝する。だが、彼女の力を示すにあたり用意して欲しい物が二つあるのだが、良いだろうか?」


「なんだ?」


 デヴォルはそこで初めてニタァっと悪魔のような笑みを浮かべ、望むものを告げた。

 それは――


「人間を百体用意して頂きたい。キラーラの力を示す為の生贄を用意して欲しい」


「なっ!?」


 ツマノス王は『何を馬鹿な』と声を荒げた。

 生贄にする者を百人。それを自分で選び、ここに連れて来いとデヴォルは言うのだ。

 そして、生贄と言うからにはおそらくその人間たちは情け容赦なく殺されるのだろう。精霊の力を示す。ただそれだけの為だけに集められ、殺されるのだ。


 王として、認められる行いではない。

 しかし、王が『そんな事が出来る訳なかろう』と言う前にデヴォルは言葉を重ねる。


「不可能だと申されるか? しかし、精霊の力は強大だ。誰も殺さずに力の証明などあまりにも難しい。それに――――――王は国民の命全てを背負って立つ身。その背からたかが百人の人間が転げ落ちたとて、気にもなりますまい?」


「この……悪魔め」



「おや、そのように名乗ったはずだが?」


 デヴォルは笑う。『ククク』と静かに笑みを浮かべていた。

 それはこれから死ぬ人間たちの事を考えての笑いか。はたまた王の苦悩を眺めての笑いか。

 そして、それは彼女も同様だった。


「きゃはははははは。楽しみぃ。ねぇ王様ぁ? 百人と言わず、千人でも一万人でもいいよぉ? ぜんぶぜんぶぜーんぶわたしが壊してあげるから。ああ、楽しみだなぁ。集まった人間たちの苦しむ顔♪ あっはぁ、ゾクゾクしてきちゃったぁ♡」


 王が少し前まで捕らえていた精霊、ルーナとはあまりにも異なる精霊の少女、キラーラ。

 見た目は童女であるというのに、かわいらしさなど微塵もない。

 まさに血塗られた獣。ツマノス王から見て、キラーラ。はそのような存在だった。


「しかし――」


 ツマノス王とて、これまで幾人もの人間に死を言い渡してきた。

 戦場に出て、殺めた敵国の兵の数も千を超えているだろう。

 しかし、それでも自国民を百人も選び、大した理由もないのに殺す事には抵抗があった。


 それを察したのか、デヴォルは『ふむ』と口元に手を当てて、


「残念だ。どうやら王は犠牲を良しとしない人格の様子。話はこれまでというわけか……行こうか、キラーラ」


「な~んだ。ちょっとの犠牲でうじうじしちゃって情けな~い。きゃははははは」


「くくく、責めてはいけないよキラーラ。王は人格者なのだ。小を犠牲にして大を救う決断は為政者としては正しいが、人として正しいかは疑問が残る。この王はこれで良いのだ。仮に小を犠牲にしなかったことで国が亡ぼうともこの王は偽善を貫いた事を誇りに逝けるだろう。いやはや、素晴らしい自己弁護だ。脱帽するよ」


「なっ!? 貴様、待てっ! まだ話は終わっておらぬぞっ」


 ツマノス王は焦って二人を止めた。

 この悪魔との取引を反故にするべきではない。

 そう王の心は警鐘を鳴らしていた。


 そんな王の引き留めに、デヴォルとキラーラは出ていこうとする足を止めた。


「ほう……しかし、ならばどうする? 今すぐ百の生贄を用意するのですかな?」


「いや……それは貴様らが力を示すならばというものであろうが。そんな事に人命を使うくらいならば力など示さなくてよいわ。貴様との取引……受けてやる」


 王が二人を引き留めた理由の一端はこれだ。

 別に、問答無用で百人の人間を殺すと二人は宣言している訳ではない。

 あくまで腕を見て欲しいという意味で生贄を要求しただけなのだ。馬鹿正直に王が生贄を用意する必要はない。


 その理屈に、デヴォルも納得の意志を示した。

 


「なるほどなるほど。こちらとしても信じて頂けるなら無駄な血を流すつもりはない。では、取引の話を進めようか」


 あっさりと生贄の要求を取り下げるデヴォル。

 ツマノス王はほっとすると共に、少しだけ訝しむ。


 デヴォルが何かと理由をつけ、生贄の要求を取り下げないのでは? と考えていたからだ。

 しかし、デヴォルは本当に何の未練もなく要求を取り下げた。

 それが不気味。


 付け加えるならば――


「くすくす。くすくすくすくすくす」


 デヴォルの傍らで笑みを浮かべている精霊、キラーラだ。

 彼女はツマノス王達を眺め、とても楽しそうに笑っていた。

 何か致命的に間違えた愚か者を眺めるような、そんな嗜虐的しぎゃくてきな笑み。


 そう、王は甘かったのだ。

 悪魔との取引が、穏便に済まされるわけがない。


「こちらが提供するものはこちらの精霊キラーラだ。の敵を滅ぼすまでの間、王にお預けしましょう。きっとお役に立てることだろう」


「王様さん達、しばらくよろしくね~~」


 先ほどデヴォルが言った通りの取引。

 しかし――それで終わりではなかった。


「次に、こちらが提示する対価だが……処女の少女を五百体、それと、敵の精霊の中に長い銀の髪を持つ翡翠眼の少女が居るはずだ。そちらを要求させて頂こう。他の精霊は煮るなり焼くなり王の好きにすればよい。

 さて、精霊の方は事が終わってから受け取るとして、まずは処女の方を早急に用意して頂こうか」


 デヴォルは今まで話していなかった取引の対価について切り出すのだった。

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