招待
時は奔流、あっという間に土曜日が訪れてしまった。
無事に三日月さんを家へと招待した私は部屋の中を隈なく掃除する。エアコンのフィルターから箪笥の裏まで。時間的には大変だったが、私はロボットなので大して体力は使っていない。
「掃除良し。お菓子も良し。あとは三日月さんを待つだけ」
指差し確認をして、仕事を終えた私は椅子へと座ってお茶を一服し、ついでに焼いておいたクッキーを摘まむ。
ここまで家が綺麗なったのは大掃除以来だろう。
いくら三日月さんが来るからといって張り切りすぎたかもしれない、と反省していると案の定一部始終を見ていた博士は呆れたように首を振っている。
「三日月はいつ来るんだ?」
「約束の時間は三十分後です。それと博士、三日月さんは年上なのでさんを付けましょうね」
「何でじゃ? わしの方が賢いじゃろう? わしを敬うべきじゃ」
「ダメです。さん付けしないと三日間お菓子抜きですから」
まだ小学生にもなっていない子供が私を作った時点で、歴史の教科書に載るレベルの天才とは同意できる。しかし、それを口に出してしまえば博士は調子に乗って威張るに違いない。
子供とは図々しく、良くも悪くも純粋なモノだ。後先考えずに感情のままに行動することが殆どで、博士も例外でない。私がきちんと面倒を見るのが、大人、いや
出鼻を挫かれた博士はぷくーと頬を膨らませているが、如何にも子供らしい仕草だろう。
(いや、三日月さんもよくしているっけ? 慮ってみると三日月さんも子供っぽいかも……)
なんて、仕様もないことを考えながら茶を喫しているとチャイムが鳴り響いた。
予定より早いが、十中八九、三日月さんが訪れたのだろう。駅前で待ち合わせしていた時は一時間前に待つ肝を持っているので何も可笑しくない。
「はーい!」
どうやら博士が迎えに行ったみたいだ。なんだかんだ子供なので好奇心旺盛なのだろう。
私はゆっくりと博士を追いかける。
「あれれ? 此処って緋色ゆゆねさんの家ですよね?」
「如何にも。わしは博士じゃ」
「は、博士? そ、それじゃあ……まさかっ!?」
[うむ。ゆゆねを造りま――むごごっ!?」
「あはは! もう、博士ったら研究ごっこに三日月さんを巻き込んじゃダメでしょ? ささ! それより三日月さんは入ってください!」
「お、お邪魔します」
危なかった。
そういえば博士に私がロボットであることは秘密にしろと伝えるのを忘れていた。
私はその場で不貞腐れている博士を放置し、三日月さんを私の部屋へと案内して座らせる。
「あっ、博士! 三日月さんをよろしくお願いします。私はお茶の準備をしてくるので……くれぐれも、ネ?」
「はい」
釘を刺した博士に三日月さんの相手をさせて、その間に私はキッチンへと移り、おもてなしの準備する。
出来立てのクッキーに紅茶だ。両方とも三日月さんのために用意したもので、その量は常人の三倍ほどだ。
(あれ……? なんだろうこの空気……)
私の部屋から醸し出ているのは緊張を孕んだピリピリとした空気だ。
思わず顔を顰めてしまい、持っていたトレイが揺れる。温かい湯船に浸かっていたら、急に水が流れ込んでくるような不快感だ。
「わしは…………たす……しかた……」
「……そん…………わ…………かんが…………」
扉越しから途切れて聴こえる博士と三日月さんの会話。
一体、私の部屋で何を話しているのだろう。
位置的に断片的にしか聴こえず、盗聴しているようで落ち着かない。だけどそれ以上に内容が気になった私は少しだけ様子を窺う事にした。
「い……あまやど……は…………」
(い、今、あまやどって言った……? その人のことを話しているの?)
それなら尚更内容が知りたい。欲求が強くなり、もはや後ろめたい気持ちすら無くなった私は扉に耳を当て、ロボットの驚異的な聴覚を最大限に活か――
――ガチャッ!
タイミング悪く、扉が開かれて、三日月さんが仁王立ちしていた。
「あっ……」
「ゆゆねちゃん? 盗み聞きなんて悪い子だね? お仕置きして欲しいのかな?」
ニヤニヤとして愉悦の笑みを浮かべる彼女を見る限り、元から気づいていたのだろう。
「あはは……それよりほら! 三日月さんのためにクッキー焼いたんです! 一緒に食べましょう!」
私は作り笑いでその場を乗り切るつもりだった。ついでにお菓子を差し出して話題も変えた。
しかし、重たい空気は変わらない。いや、寧ろ私の行動は滑ってしまったのか、混沌とした呼吸し辛い空間に成り果てている。
「ありがとうゆゆねちゃん……でも、ごめんね? 私、帰る」
「へ?」
嫌というほど静寂としている中、三日月さんは伏目がちに言った。
一瞬、私は理解できなかった。来たばかりなのにどうして帰るのか? その疑問だけが脳内に埋め尽くされ、思考がショートしてしまっている。
「ちょっと待て! ゆゆねが楽しみにしていたんじゃぞ。急に帰るのは申し訳ないと思わんのか?」
私の代わりに声を上げてくれたの博士だった。が、何故か銃の手入れしている。いや、砲身が明らかにバズーカ並みだ。
三日月さんは背を向けているため気づいていないようだ。
「本当にごめんね……気分が悪くて」
「そうか。なら許そうかの……だがコイツが許すと思うなァ!」
「ふぁッ!?」
思わず変な声を出してしまったが仕方ないだろう。博士にバズーカを撃たれたのだ。
恐らく、狙ったのは三日月さんだが、近くにいた私まで巻き込まれたしまった。
「ちょっ! 博士! なんですかこれ!?」
「オットイケナイ。ユユネマデカカッテシマッタ……」
「なんで棒読みなんですか!? やっぱりわざとですね!」
幸いなのか、捕獲用だったようだ。壁崩れるような轟音は響かず、クラッカーのようなポンという軽い音から放たれたのはネットだった。
しかし、そのネットは普通ではない。麻のような柔軟さがあると思えば鉄のように固く、私の握力を持ってしても千切れない超耐久だ。
「な、なんか縮んでない?」
「ほ、ほんとだ! み、三日月さんが近――きゃっ! 変なところを触らないで下さい! この変態!」
「ふ、不可抗力だし、変態じゃないよ! か、仮に変態だとしてもゆゆねちゃんにしか興味が無いから大丈夫だよ!」
「こんな時に何言ってるんですか!?」
普段なら照れているところだが、今は危機的状況だ。
縮まったネットが肌に食い込んで、これまでにないというほど三日月さんを傍に感じられる。お互いに胸がぶつかり合い、三日月さんの手が私の太腿に触れていて擽ったい。まるでサンドイッチ状態だ。
「は、博士! 早く解いてください!」
「……? どうしてじゃ? 折角捕まえた吸血鬼に逃げられる訳にはいかないだろう?」
「で、でも! このままじゃ――あッ!」
「うぇへへゆゆねちゃんはとっても美味しそうだね。食べてもいいよね? 我慢できないよー!」
「ひゃあっ! な、舐めないでください!」
やはり、これを機に三日月さんは襲ってきた。ついでに
いつもなら逃げる、またはガマ口スタン君を使って抵抗できるが、今はネットが邪魔で何もできない。それどころか三日月さんと密着状態だ。
不味い。非常に不味い。
このままでは、私は彼女の甘い匂いに包まれながら、猥褻紛いに擽られて、首筋に牙を食い込まれるのだろう。
「は、博士!」
「んー捕獲したのはいいが麻酔スプレーは……どこに仕舞ったかのぅ」
助けを求める私の視線を気に留めない博士は腕を組んで追想している。そして、覚束ない足取りで部屋から出ていった。
ああ、早くこの状況をどうにか……
「いただきまーす!」
「ッ! もうっこれしか! ジェットストリームアタックっ!」
狂気に染まった三日月さんに怯えてしまい、藁に縋る思いで防衛システムを口にした瞬間――
――ピカーンッ!
閃光が私の身体で弾けた。いや、正確には破裂音と共に胸の一点が輝き、光芒が拡散したのだ。
「な、なにが起きたの!?」
ただ分かるのは強烈な光のお陰で三日月さんが気絶していることであたふたとしていると、麻酔を探していた博士が帰ってきていた。
「あ、ジェットストリームアタックはまだ開発中で、先にビーム砲だけ付けておいたぞ。心臓辺りから射出されて、相手を失明させる画期的な武器じゃ。すごいじゃろ?」
「凄くないですよ!? 非殺傷じゃなかったんですか!?」
「まあまあピンチの時に使うんだからこのくらいの性能は必要じゃぞ? それに吸血鬼は身体が丈夫らしいし、見る限り精々気絶しただけじゃ」
淡々とした様子でネットを回収する博士。
漸く解放された私はすぐさま三日月さんの安否を確認したが、博士の言う通り気絶しただけだろう。失明は恐らくしていない。
「よし、と。でかしたぞゆゆね。麻酔で眠らせる手間は無くなった」
「は、博士……」
三日月さんを研究対象とでしか見ていない博士はマッドサイエンティストだ。私の友達なので解剖はしない、また、穏便に済ますと言っていたが、本当かどうか怪しい。
発言の根本には貴重なサンプルを綺麗な状態で手に入れたいという狂気染みた考えが元になっているかもしれない。
しかし、だ。
これは三日月さんにお灸を添える良いきっかけではないだろうか? いくら博士でも彼女を殺すことはないだろうし、仮にあったとしても私がちゃんと監視しておけば最悪な事態は起こらない。
つまり、ここは行方を大人しく見守るべきだ。
「それじゃあ早速研究室に運ぼう。ゆゆねよ。手伝ってくれ」
「分かりました……博士、三日月さんにあまり酷いことをしないでください」
「そうじゃな。ゆゆねの友達だから丁寧に扱うつもりじゃ。まあ少し細胞のサンプルを頂いてから身体の隅々まで研究し尽く「ジェットストリームアタックっ!」――ふぐっ!」
不意打ちとは言え、ジェットストリームアタック(ただの蹴り)を喰らった博士は「ぐはっ!」と白目を剥いて倒れてしまった。手加減はしているので死んでいないだろう。骨折はしているかもしれないが……
だけど、全て博士が悪いのだ。乙女の身体を、三日月さんの身体を隅々まで調べるなんて絶対に許さない。
それからは目を覚ました二人に説教をして、仲良くゲームで遊んだ。どうやら二人の間にあった軋轢は解消されたようで、兄弟のように仲良し笑顔で競い合っていた。
博士がいつぞやの吸血鬼バスターを強めた睡眠薬を盛ったり、三日月さんが勝手に私の箪笥を漁っていた事件があったが、まあ大したことなかった。多分……
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