苦悩

 私は晩御飯を食べながら思考に耽っていた。

 悩みの種はクロスワードパズルの答えである雨宿という言葉。


(あまやど……三日月さんは雨宿といっていたけど一体なんだろうか。雨宿りという単語ではないらしいし……地名? いや人名っぽいかな?)


 焼き鮭の骨を除きながら消去法で正解を導き出そうとするが、やはりノーヒントでは無理がある。八方塞がりとはこういう状況を指すのだろう。

 あーあ、と一人ごちているとテレビでロボットのアニメを見ながら晩御飯を食べている博士に視線がいった。


「博士、サラダも食べてくださいね?」


「えっ? 勿論食べるに決まっているじゃろう……? ゆゆねが、な……」


「はぁ……好き嫌いはいけませんよ。まだ子供なんですから、大きくなるためにはきちんと栄養を摂らないと」


「大丈夫じゃ。お菓子で補ってある」


 胸を張って博士そう言い切った博士。

 天才的で柔軟な頭脳は頑固だなぁ、と億劫に感じていると白衣にチョコレートの汚れが染みついているのに気がついた。


「あ! もしかしてまた勝手にお菓子を食べましたね!」


 きちんと栄養バランスを管理して、お菓子も与えているのに、どうしてそれ以外の物を食べてしまうのか……


「た、食べてないわい……言いがかりは止めてくれんか」


「ならその染みはなんですか? 今日付いたものですよね?」


「これはインクじゃ。ゆゆねが苦情を出した所為で、防衛システムを改良しているからの」


「私が悪いんですか!? あれは博士が悪いに決まってますよ! ジェットストリームアタックって大層な名前していますけど、結局ただの白旗じゃないですか!?」


「スタンガンを使えない時……つまりは手を封じられた時、降伏するのに便利だろう?」


「降伏しないようにするのが防衛システムなのでは!? っていうかおでこを改造するのは止めてください! ガマ口スタン君のお陰で有耶無耶になっていますけど、本当なら三日月さんにロボットだとバレちゃってます!」


「なんじゃ? まだロボットだと明かしてないのか?」


 小首を傾げた博士。きっと話を逸らすつもりなのだろうが、内容が内容だったので私は乗ってしまった。


「明かさないですよ。私は普通の日常を過ごしたいんです」


「ロボットの時点で普通じゃないじゃろ……三日月とかいう吸血鬼だけには明かしたらどうじゃ? 満更でもないんだろう? 毎日『三日月さんに襲われて困ってる』って、恋する乙女のように顔を赤らめてるじゃないか」


「……彼女の好意は嬉しいです。だけど私はロボットで三日月さんは……」


 聡明な博士なら私の気持ちを察せられる筈なのに、どうしてこうも神経を逆撫でるような発言をするのか。ほんと、意地悪な生みの親である。


「そうか」


 何に対して相槌を打ったのか、博士は再びアニメの視聴へと戻り、鮭を箸で突いている。

 嫌な事を思い出した私は顔を顰めてしまい、ご飯の味がよく分からない。再びお菓子について追及するのも良かったが、今はそれよりも気になることを思い出してしまった。


「そういえば博士、あまやどって何か分かりますか? いや、雨宿なのかな? 多分、地名か人名だと思うんですけど……」


「んー……」


 私が“あまやど”という言葉を出した瞬間、博士はよそよそしく視線を逸らした。まるで何かを隠しているようだろう。

 博士は天才で、開発に関しては先見の明がある。しかし、その年齢は六歳とぎりぎり小学生ではないレベルだ。

 本人はポーカーフェイスを決めているつもりなのだろうが、目は泳いで、最終的には手を弄り始める。なにやら隠しているのは確定だろう。家族である私には分かる。


「何を隠しているんですか?」


「い、いや隠しているつもりじゃないんだが……懐かしい名前を聞いたんでビックリしたんじゃ」


「名前? あまやどって名前なんですか?」


「そうじゃが……この事についてはあまり語りたくない」


 本当に触れられたくないようで博士は俯いてしまった。

 そんな状態から問い質そうとは思えず、私もモヤモヤとして項垂れる。

 こんな空気では折角の晩御飯が台無しだ。


「ゆゆねよ。お主は三日月とどうなりたいのか、決まったのか?」


「それは……はい。彼女とはもっと仲良くなりたいです」


「仲良く、か……」


 丁度アニメが終わり、博士は腕を組んで思惑している。


「それじゃあ解剖は駄目そうじゃが……三日月を家に連れてきてくれんか? 少し話がしたい」


「え? いいんですか?」


 博士の家でもある此処はとあるアパートの一室だが、内容は異常だ。研究施設として博士が扱っており、要するにそういった部屋だって存在する。

 だから三日月さんを連れてくるのは難しいだろうな、と鑑みていたのだが、こうもあっさり許可が出てしまうとは……拍子抜けしてしまう。


「ああ、いいとも」


「どうしてですか?」


「ゆゆねがそこまで好意を抱く人物じゃぞ? 親として気になるんじゃ。それに……」


「それに?」


「やっぱり吸血鬼のサンプルが欲しいというか、何というか……ほら! 吸血鬼と言えば未知の生物じゃぞ!? インスピレーションが働いて研究が捗るかもしれん!」


「それはそうかもしれませんが……兎に角、三日月さんの生死に関わるようなことは止めてくださいね?」


「勿論じゃ」


 博士の探究心の強さを知っている私は軽く釘を刺すだけに留めた。

 どうせ博士のことなので、私が強く禁止にしてもそれを破るに決まっている。先日だって『バレなきゃ犯罪じゃないんだぞい』とか独り言を呟きながら味付け海苔をパクパクと食べていた。

 それに不意打ちで襲われ、身体を物理的に求められる厄介さを、三日月さんに身をもって知ってもらうチャンスだ。


「ふぅ……ごちそうさま。三日月さんを招待するのは土曜日がいいかな? うん、そうしよう」


 食べ終わった私は自身に言い聞かせるように予定を決めた。







 晩御飯の片づけが終わった私はふと引っ掛かりを覚えた。


「博士博士。防衛システムの改良って……具体的にはどんなことを?」


「愚問じゃな。ちゃんとジェットストリームアタックを発動するための改良に決まっているだろう? あの時、ゆゆね発動条件を満たしていなかったからのぅ」


「と、いうことは……」


「勿論、ゆゆねには分身機能をつける予定――」


「止めてください!」


 確かに便利そうだが、その機能を付けてしまえば私は私でなくなってしまうと本能が訴えかけている。紫と黒で構成された一つ目のロボットに成りそうな予感がするのだ。

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