失踪

 いつしか夏至を終え、じめじめとした生暖かい空気が流れ出したこの頃。

 夏真っ盛りという日常の中、私は博士と一緒にかき氷を堪能していた。


「いやー、もうすっかり夏じゃのう。風鈴の音が心地よいわ」


「そうですね。もう夏休みかと思うと余計に暑くて堪らないです……」


 ほんと、最近は異常気象かと疑うほどに暑い。

 節電というエコノミーな知識からクーラーは使わず、扇風機と窓を開けて出来るだけ涼しくなるように工夫しているが、焼け石に水である。

 風鈴を聴いていたら不思議と冷たくなるのは先入観だろうか?


 いや、そもそも私はいつから生きているんだっけ……? あれ? 今は高校一年生だから……私はいつ、博士に開発されたのだろうか?


「くぅーかき氷が頭に響くんじゃ」


「あの、博士……」


「ん? なんじゃ? 雨宿については教えんぞ?」


「いや、それも知りたいですが……やっぱりいいです」


 世の中知らない方が良いこともあるだろう。そう、自分の脳内に在るデータが訴えかけてくる。

 正直、自分の誕生日よりも“雨宿”という人物の方が気になったが、まあいつも通り博士は答えてくれないようだ。


「そういえば三日月はどうしたんじゃ? 最近、遊びに来ていないじゃないか。このままだとゲームで勝ち逃げされてしまう。それは絶対に許さんぞ」


「あはは……実は夏休みに入ってから連絡が取れないんです。だから、心配で、心配で、夜も魘されて……」


 三日月さんとの関わりが絶たれたのは夏休みが始まって、今日までの四日間。たったそれだけと思うかもしれないが、私とっては不安と恐怖に満ち溢れた地獄だった。

 最初は偶然だろうと思っていたが、メッセージの既読すらつかない状況に、流石の私も心配になった。このままだと一生彼女に会えないようで、胸が張り裂けそうなほどの嫌な予感で夜も眠れなかった。


「そうなのか? 言われて見れば最近、元気がなかったような……今だってかき氷を溶かしているし……」


「と、溶かしている訳ではないです……ただ食欲がなくて……」


 こうして俯きながら半分溶けているかき氷、いやただの甘い水を眺めていると脳裏に三日月さんの姿が過ぎる。

 いつもみたいに笑顔を浮かべ、無邪気に襲ってくる彼女は何処に行ってしまったのだろう。


「はぁ……三日月さんは一体何処へ……」


「ん? なんだ? そんなに心配なら会いにいけばいいんじゃないか?」


「……へ?」


「いや、ゆゆねは三日月の家を知っているのだろう?」


「あ…………」


 そうだ。私とした事が忘れていたが、私は彼女の家を知っていた。


 しかし、急に押しかけて迷惑にならないだろうか?

 ……いや、連絡を寄越さない三日月さんが悪いのだ。友達を心配させた彼女が悪い。


「博士、このかき氷はあげます」


「い、いや、こんな溶け溶けのかき氷を貰っても……」


「あと、歳上は敬いましょうね。三日月”さん”です」


「えぇ……」


 文句は受け付けていないので、私はさっさと用意して家を飛び出した。






 さて、三日月さんの住居であるお屋敷に訪れたのはいいが、チャイムを鳴らしても誰も出ない。

 不思議に思って、門越しに中を覗ってみても人の気配はせず、やはり幽霊屋敷のようだと再確認しただけに終わった。


「うーん……白昼堂々と闖入する訳にはいかないし……」


 もしかしたら三日月さんは何かしらの病で倒れているかもしれない。

 そうなれば不法侵入しかないが、今は昼過ぎだ。もし此処が幽霊屋敷だとしても誰かの所有地である限り見られたら不味いだろう。

 だったら諦める? 否、裏口から侵入するに決まっているだろう。


(不法侵入じゃないです。これは三日月さんの安否を確かめるため……)


 自分に言い聞かせながら屋敷を沿うように移動し、丁度東側は小さな雑木林が生い茂っていた。

 いざ足を踏み入れてみると蜂がブンブンと航空機のような音を鳴らして飛び、正直近づきたくない。が、覚悟を決めて邁進する。

 数十秒も経たないうちに屋敷の塀が見えてきたので、避難するようにさっさと飛び越えた。勿論、塀なので二メートルはあったが、私はロボットだ。そのくらいなら軽々と越えられる。


「侵入成功。あとは三日月さんを探すだけ……」


 しかし、この大きな屋敷の中を、スニーキングしながら彼女を探すのは困難だろう。

 いくら一度訪れた場所で、ロボットである私はそれを完全に記憶していたとしても全てを把握している訳ではないのだ。

 取り敢えず、居るなら中だろうというあっさりとした予想から、屋敷内へと足を踏み入れた。あ、勿論扉や窓の鍵は閉まっていたので、仕方なく窓を割って侵入している。後で三日月さんに事情を説明して弁償するつもりだから問題ない……と思おう。


「って此処は……火事があったっていう……」


 裏から入った所為で廊下に広がっていたのは焼け跡だ。灰や煤が辺りに散らばり、もはや人が住んでいるようには思えない。

 三日月さんから説明は受けていたが、まさか一階まで広がっているとは……いえ、現状から鑑みるに一階から四階へと炎が広がったのだろう。


(改めてみると酷い……相当酷い火事だったのでしょうか? ――ッ! なに? この感覚は?)


 残酷な光景だと自覚した時、忌避感のようなモノが生じて髪の毛が逆立った。本能がこの場所を拒んでいるようで、吐き気や頭痛が煩い。

 以前よりも増していて、耐えられなくなった私は壁に凭れ掛かった。自分でも分かるくらいに呼吸が荒くなり、深呼吸をしても治まらない。


「はぁはぁ……なに? この場所は呪われているの?」


 否、そんな非科学的な場所がある訳がない。幽霊なんて信じない。

 しかし、そうでもなければ、この果てしない森の中を彷徨っているかのような心細さに、脳内にぬるま湯を注がれているような嫌悪感。全身が震えて慄いている現象に説明がつかない。

 ついこの前、博士によって大規模なメンテナンスを行ってもらったばかりなので故障の可能性は低いだろう。


(もう、駄目だ……)


 逃げ出すことさえできず、私は闇に呑まれていく意識を感じていた。

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