第45話 村長

『はるばるよくお越しくださぁいました。わたくし、村長と申しまぁす』

「これはご丁寧にどうもありがとうございます。私はシンと申します」

『シンさぁんですね? よろしくおねがぁいします』


 ……普通だった。

 見た目と話し方以外はすごい普通に思える。


『申し訳ありませぇんが、わたくしと直接やりとりをすると正気が削られますのぉで。防護をさせてもらいまぁす。少しぼんやりするかもしれませぇん』


 そうか、どう見ても普通じゃないのにそこまでの異物感を覚えなくなったのはそのせいか。


『僭越ながぁら、わたくし、少々困っておりまぁして。わたくしの主は■■■■■といいまぁして。長い眠りについているのでぇすが、供回りをしていぃるわたくしだけが、このよぅな場所に来てしまいまぁして』


 村長も巻き込まれた側と言いたいのか。


『眠りを通じて主のもとへと帰るぅか、封印と言う形で元の場所に帰りたいのでぇす。しかぁし、わたくしではこのように場を歪める事はできてぇも、自分から眠ったぁり、封印されたぁりはできないのです』

「寝るか封印、それが今のところ有力な方法と。それで良いさ?」

『その通りでぇす。本来であれば特殊なサインを刻んだもので封印する形で対処していたぁだくのですが。生憎わたくしで作れませぇんし、存在以外は分かりませぇんので、なんともしがたく』

「それじゃあ寝たら良いさ」

『わたくし共は基本的に睡眠を必要としなぁいのです。元々寝る機能がなぁいものを眠らせているから主が抑えられているのでぇす。そうでなければとっくに浮上していますかぁら。故にどうやったら寝られるのか、皆目見当もつきませぇん』

「封印も眠りも手詰まりさ、でもそれが分かっているなんでウチだけの時は話してもくれなかったさ?」

『それは、2人になれば取れる選択があるかぁらです』

「それは何さ」

『実を言うと嫌な気配を感じていまぁして。おそらぁくは、敵対勢力■■■■■の眷属だと思うのでぇすが、幸いな事にその眷属がわたくし達を追う時にはサインを持ち込む事が多いのでぇす。今は時空を歪めて追い払っていますが、穴を開ければすぐにでもやってくぅるでしょう』

「ウチだけでは勝てないから言わなかったさ?」

『はい。彼らはあなた方に見えてないところに現れまぁす。1人ではとても戦えませぇん。サインを持ち込まれた段階でわたくしはあまり戦力にはなりませぇんから。もう1人必要だったのでぇす』


 常に死角から攻撃してくる相手か。厄介だな。


『だとしても、彼らを倒す事はできませぇんのでサインを奪う事を目標にしてくださぁい』

「倒せないとは、強すぎるという意味か?」

『彼らは身体の一片でもあれぇば修復される不死身でぇす。完全に消滅させる手段がなけれぇばやぁるだけ無駄です』


 不死身って……そんなのと戦って生きていられるのか?いや、そもそも戦うべき相手じゃないような……


「……分かったさ、ちょっと考える時間が欲しいさ」

『ええ、いくらでもどぉぞ』

「行くさ、シン」


 アソキアに連れられて村長から離れる。


 一定の距離を空けた、その瞬間。


「っ……!?」


 全身が震えた。


 何か触れてはならないものに触れたような、そんな嫌な感覚。どうして今まで平気だったのか理解できない。


 思い出す事さえ憚られる。そんな経験だった。


「……村長には悪意なんてないさ。きっと嘘もついてない、けどダメさ。言われるがままにしたらほぼ確実に酷い事になる。そういう相手だと分かって欲しかったさ」

「……体感した。あれは認識外の存在だ。理解なんてできないし、してはいけない」


 あんなものが存在していると知らない方が良かったな。これからは、あれが隣に潜んでいる可能性を考慮する必要があるのか。


「とはいえ他に方法もないんじゃないか。ここから出るには不死身の怪物を相手にしてサインを奪うほかないように思う」

「ところがそうでもないさ。実はまだシンに話してない事がもう一個あったさ」


 この場面で明かす秘密。つまりさっきの話に関係する事象。


「不死身の怪物と接触する方法があるのか」

「お、鋭いさ。でもボール1個分外れ。既に接触はしてるさ」

「既に……?」


 俺がここに来て会ったのはアソキアと村長、同じ顔をした村民だけだ。村民は村長の眷属だろうから除外する。村長も当然、となると必然対象は定まる。


「お前……なのか」

「大正解。ウチは既に村長勢力ともう一つの勢力の両方に接触しているさ」


 アソキアの姿が崩れる。


 何ともいえない形だ。狼のような形をした鋭角の金属塊というのが1番近い形か。


「これがもう一つの勢力。猟犬の姿。ウチはどちらにも味方できる。でも君はどうする? 君はどうしたい? それが今は重要さ」

「俺は……」


 アソキアは状況に流されず、自分で決めろと言っている。おそらく試されている。


「どっちもこの世界から排除したい。村長も、猟犬も危険すぎる」


 猟犬と村長の両方を叩き返す。これが俺のやりたい事だ。どう考えてもここに居ていい奴らじゃない。万が一、姉さんやラァに何かあったら。俺は選択を呪うだろう。


 だから全部なかった事にする。

「……勝算は?」

「ない。これから見つける」

「ふふっ、そんなに堂々とないと言うもんじゃないさ。でも」


 アソキアの姿が変わり、見たことのない姿になった。村人に似た姿でも、猟犬に似た姿でもない。眼鏡をかけた中性的な人間だ。


「ウチは無謀な人が好きさ。そもそも【賢者の石】がそんな連中の集まりだったさ。シン、君の願いを助ける事にするさ」

「……誰?」

「ちょいちょいちょい、いくらなんでも記憶力が無さすぎるさ!!! アソキアさ、これで別の人間が出てくるわけないさ、せっかく素顔を晒したのに!!」

「なるほど、それが素の形なんだな」

「あ」

「思ったより脇が甘いな」

「こりゃ一本取られたさ」


 アソキアと笑い合う。少なくとも今だけは笑っておきたい。一歩間違えば死ぬより恐ろしい目にあうかもしれないからな。

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