第21話 空を行くもの

「ちらほらと街が見えて来たな」


 スカイフィッシュによって上から見下ろせるのは良い。どこに何があるのか丸わかりだ。


 問題があるとしたら。


「不明な飛行物体は落とされても文句を言えないんだ」


 このまま行くとほぼ確実に探査の類に引っかかって迎撃される。それがどれくらいかは分からないため、安全を確保しながらだとそろそろ降りなくちゃいけない。下には特に何もない。降りても良いだろう。


「さてと、この先は何があったかな」


 方角的には、たぶん盾王の領域に入っているはずだ。


「盾王、傷を厭わない堅牢なる王か」


 いったいどんな人なのか。会うこともないだろうけど少し気になるな。


「着地は隙だ、警戒しながら」


 桜腕を伸ばして先に接地する。落とし穴の類はないようだ。


「よし、じゃあ向かうか」


 頭上からの音、風切り音が近づいてくる。おそらく鳥。


 肉食大型だ。


「狩られるのはお前だぞ」

「ンギャウ!?」


 傷ついても問題ない桜腕を差し出して絡めとる。まさか人間にそんなものがついているとは思わなかっただろう。


「ギャギャ!!」

「暴れるな」


 軽い音がして鳥が大人しくなる。食料にしても良いが、処理が少し面倒だ。街で頼めたりしないか。


「ん?」


 桜腕がうごめく。そして脳裏に閃き。


「吸える? 本当に?」


【熟練工】が言うのなら間違いない。ではさっそく。


「うわすごいなこれ。根が体に入り込んで」


 みるみるうちに萎んでいく鳥、これは、俺に還元されるのだろうか。もしや、口から飯を食わずとも生きられるようになってしまったか?


 人間離れするのは良いが、こういう方向性とはなあ。


「よし、細かい事は気にしない方向で」


 気を取り直して空を見上げる。先ほどとは比べられない大きな気配だ。


 竜種ほどではないにしろ、強大な存在が頭上にいるのは間違いない。


「こいつは……」


 見えたのは白い翼。巨大な白い鳥、それだけで圧倒されるには十分だった。


「盾王の盟友は鳥というのは本当だったのか。白翼のブランカ、アレがそうか」


 盾王には3枚の盾があるという。1枚目は王が持つ最高の盾イージス。2枚目は腹心三名からなる三色盾。3枚目があの鳥だ。


「是非とも挑んでみたいものだ」


 今の俺では軽くあしらわれて終わりだろうが、それでもだ。


「蛮勇でしゅ、確実に死ぬでしゅ」

「っ!?」


 アルカを抜く。相手の位置は後方斜め上。攻撃の前に話しかけてきた事から攻撃まではしない。


 敵か、味方の判断は保留だ。


「や、やめるでしゅ!! シロを殺したら損をするでしゅ!!」


白くて丸い鳥がいた。喋ってる、なんで?


いや、今は良い。とにかく状況把握に努めよう。


「目的はなんだ。間合いの中に居ることを忘れるな」

「良い話があるでしゅ。お前、シロの宿主になるでしゅ。そうしたらお前は強くなる」

「信じるとでも? お前が俺を強くする理由がない」


 どう考えても罠だ。


「それは……お前がアレに挑みたいって言ったからでしゅ」

「……詳しく言え、俺があのブランカに挑みたい事とお前には何の関係もないだろう」

「ブランカはシロの姉ちゃんでしゅ、姉ちゃんはいっつも飛び回ってて休む事がないでしゅ。このままじゃ姉ちゃんは死ぬでしゅ。だから叩き落としてでも休ませたいでしゅ」


 ポロポロと涙をこぼしながら話す様子に絆されそうになる。だが、まだ返事をするには早い。これも嘘である可能性がある。


 こんな時デーレ姉さんなら、嘘を見抜けるのにな。


「信用できない」

「そう、でしゅか。時間をとらせて悪かったでしゅ。気が変わったらいつでも言うでしゅ」


 背を向けてパタパタと飛んでいく、その体を横から飛んできた別の鳥ががっしりと鷲掴みにした。


「ぎゃあああ!!? 助けて欲しいでしゅ!! 死にたくないでしゅ!!!」


 放っておいても良い。けど寝覚めが悪いか。


「この位置なら届く」


 構えていたアルカを振り抜く。これは異形の剣、間合いの広さは尋常ではない。


 鳥を両断し、放り出されたシロを受け止める。流石に助けたあと地べたに落とすというのも気分が悪い。


「かかったな愚か者!! シロに触れたからには宿主になってもらうでしゅ」


 そう言って目つきの鋭くなったシロ。だが、特に何も起こらない。


「え、あれ、なんで」


 俺が受け止めたのは桜腕の方だ。人の腕で受け止めたらシロの言った通りだったかもしれない。


「あのー、そのー」

「……斬るか」

「ちょちょちょ、ちょっと待って欲しいでしゅ!!!」

「遺言か」

「隙を狙ったのは悪かったでしゅ!! ほんとの事を話すから考え直して欲しいでしゅ!!!」

「嘘だと思ったら斬るからな」

「わ、分かったでしゅ。シロの目的は姉ちゃんの休息なんかじゃないでしゅ。本当はシロが姉ちゃんみたいになるのが目的でしゅ」

「……無理がないか、その、大きさ的に」

「姉ちゃんだって元々はそんなに変わらなかったでしゅ。シロの一族でただ1羽のみがあの大きさになれるでしゅ。本当はシロがああなる予定だったけど、嫌で逃げ出したでしゅ。そうしたら、姉ちゃんが、代わりに」


 シロの身体がプルプルと震えている。可愛らしいが、これは怒りだ。おそらく自分への。


「あの姿の負担はとんでもねえでしゅ。王様との盟約で一族が保護されている代わりだけど、命をすり減らして飛んでいるんでしゅ。シロが逃げなければ、姉ちゃんは、こんな目に合わずにすんだのに、シロが、よく考えもせず、逃げたから……!!」


 この怒りはよく分かる。不甲斐ない自分への、力不足の自分への、底なしの怒り。


 ああそうか。お前もか。


「だから、手伝って欲しいでしゅ。姉ちゃんに挑む気がある奴なんてお前以外見たことがないんでしゅ」

「シンだ、俺の事はそうよんでくれ」


 生身の腕を差し出す。


「これって……?」

「やろう。シロの姉ちゃんを助けよう」

「ありがとう……!! ありがとうシン……!!!」


 腕に吸い込まれるようにシロが姿を消す。直後腕に激痛が走った。


「ぐっ!?」

「(ごめんでしゅ、少しだけ我慢して欲しいでしゅ!!)」

 

 身体の内側から響くような声、身体の中にいるのか。霊体の鳥という事なのか?


「痛むなら、先に、言ってくれ」

「(もう終わるでしゅ、あと木の腕めっちゃ濃い情念が渦巻いてて怖いから近づけないで欲しいでしゅ)」


 アルカの腕だから、そうだろう。


「これで終わりでしゅ。力の使い方は後で教えるでしゅ。今は、疲れた、から、寝るでしゅ」


 一瞬腕から顔を出したシロがまた引っ込んだ。


 手の甲には白い羽の刻印が浮かんでいる。


「さて、どうなるかな」


 白翼のブランカ、簡単な相手じゃないぞ。

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