第11話大樹の根 1層
「ここから降りられると思います」
「お、ホントだ」
虫を蹴散らしながら、ダンジョンを進むこと小一時間。なんとなく降りられそうな場所を見つけることに成功した。少しだけ色の違う壁があったので触ってみたところ、後ろに空間がありそうだった。そこを風で探って貰ったら案の定というわけだ。
「オイラもこっから先は未知数だ、余裕がなくなると守り切れないから離れるなよ」
「分かりました」
「んー、もう良いぞ? 口調を崩しても。それが素じゃないだろ?」
「いや、でも」
「良い」
なんだかちょっと不穏な感じだな、ここで口調を崩さないと不信感を抱かれてしまうかもしれない。ここは戻しておくべきだろうな。
「分かった、これでいいか」
「うん、それでいい。へへ」
ヨシノが笑っている、何か面白い事でもあったのか。等と考えるようでは姉と妹の機嫌を取る事などできはしない。嬉しい気持ちと暗い気持ちが混ざった笑いだ、恐らく対等に話せる相手がいなかった過去があると予想する。加えて、圧倒的優位にある状態では自分の要求を断れないことも理解している。だから、拒否できない要求をしたことに対して後ろめたく思っているのだろう。
「オイラはちょっと事情があってな、まともに話せる奴なんていなかったんだ。里のしがらみがない友達が欲しかった」
「そう、なのか」
「ああ、どこでもそういうのがある。ここみたいな閉鎖された場所だと特にな」
陰のある顔だ、なんとなく俺の予想が合っているっぽいぞ。
「それに最近はずっとここに1人だった。長の立場を気にしなくて良い1人は楽だったけど、やっぱり寂しくてな。お前が来てくれて良かった」
「タイミングが良かったようでなによりだ、俺も立場の関係ない友達が欲しかっんだ」
これは半分本音だ、やっぱり姉さんとラァは有名だったからな。出来損ないの長男という風に言われた事もある。
「お前、名前は?」
「シンだ」
「そうか、頼みがあるんだけど良いか」
「頼み?」
「名前をオイラにくれないか」
名前? 俺が、ヨシノに?
「それは、何かの儀式だったりするのか」
「いいや、これはただのお願いだ。嫌なら大丈夫だ今まで通りヨシノで構わないぞ」
ただのお願い、名前を与えるという行為が何かの意味合いを持たないなんていう事は絶対にない。目が僅かに泳いでる事からもそれはほぼ確定と見ても良い。だが、俺がここでヨシノに新しい名前を与えることで何が起こるかを知る術はない。ということは、やってもやらなくても変わらない。じゃあ、やった方が良いだろう。
「そうだな……今考える」
「っ!? 良いのか!?」
「ヨシノ、桜、樹人……となると」
安易な発想になって申し訳ないが、文字を入れ替える方式で名付けとしようか。さくら、よしの、どりあーど、SAKURA、YOSINO、DORIADOか。アルカス、オニソイ、オダイロッド、この中だとアルカスっていうのが1番良いと思う。
「アルカス、というのはどうだろう」
「ある、かす。それがオイラの名前……」
気に入ってもらえるだろうか、それだけが気がかりだ。
「4文字の名前っていうのは、少し具合が悪いな。アルカにしても良いか?」
「構わない。アルカだな」
「ごめんな、変なことを頼んじまって」
4文字だと具合が悪いっていうのは、4が死を連想させるからだろうか。
「じゃあ、気持ちを改めたところで行こうか。シン」
「ん? あ、ああ」
おかしいな、なんか距離が近くなったぞ。
「じゃあ、手」
「手?」
なんだ、手を出されたぞ?
「ほら」
「え?」
手を、取られて、握られた。
「えっと」
指をからめてきた、これっていわゆる恋人繋ぎじゃないのか。
「つっ!?」
微かな痛み、何かが手のひらに刺さったような。これはなんの痛みなのか、俺の身が危険になるような何かではないような気はするが。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「じゃあ行くぞ。これならオイラは大丈夫だ、どんな奴が来たって吹飛ばしてやる」
アルカの言葉は本当だった。さっきまでの風が手抜きだったかのような暴風が桜と共に吹き荒れる。芋虫型も団子虫型も、蜘蛛型も一切合切を蹂躙した。
「す、すげえ」
「へへへ、そうだろ? 今のオイラはちょっと強いぜ」
俺と手をつないだ事が理由なのかは分からないが戦力的に一気に余裕が出たのは確かだった。これならあっさりと虫の大元を潰せるかもしれない。
「樹人ってのはみんなこんなに強いのか」
「いいや、一部の樹人だけが強大な力を持つ。普通の樹人の起こす風なんてそよ風みたいなもんだ」
「それで、その強大な力を持った奴が長になるのか」
「ま、そんな所だ。長になったら終わりだ、死ぬまで虫との殴り合いだ。さっきも言ったけど立場があって気安く話せる友達も居なくなる」
「……こんな風に言って良いのか分からないが、辛かったな」
「辛い、か。そんな風に思うこともなかったけど、今思えば辛かったのかもな。でもまあ、今シンとこうできるなら別になんてことない」
硬く握った手を見てアルカが笑う。少しだけ熱を帯びた視線と緩んだ頬、これは少し依存的な香りが出てきたな。
「……こっちだな、下の方に向かう風があるぞ」
「本当か!! やっぱり凄いな」
「ははは、もっと褒めて!!」
「凄いぞー!!」
「だろー!!」
少し大げさにじゃれつく、たとえ依存関係だとしても。今はそれがアルカの救いになっているのなら、俺はそれを維持しよう。破綻は今は考えない。
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【共振強化】
ともに在り、ともに立つ、それがどれほどの意味を持つか、それは当人にしか分からない。だが、孤独の中で繋いだ温かな手は何よりの励みになるだろう。それが、かりそめの温もりであったとしても。
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