第12話大樹の根 2層

「ははははははは!!! まだまだやれるぞ!!」


 1階下に降りた事で敵の数が増え、赤い色の強化個体のような奴がでてきたがアルカの勢いはそんなことで止まらなかった。風が吹く度に緑の体液が飛び散り、細切れになった敵が量産される。


「どうだ!! すごいか!!」

「凄すぎて何も言えない」

「ははは!! オイラだからな!! それも仕方ないな!!」


 歯牙にもかけないにも程がある。もしかして敵がとても弱いんじゃないかと思ってしまいそうになるが、今の俺が相手にして簡単に倒せるような奴は一体もいない。


「俺も、役に立てれば良いんだけど」

「何言ってんだ、シンがいなけりゃオイラはこんな風になれない。シンがいないとダメだ」


 この階に降りてきてからアルカのくっつき加減が尋常じゃない、前の階では恋人繋ぎだったが。今はもう腕にくっついてもたれかかってきている。別にうざったいとか、気恥ずかしいとかそういうのではないがこのまま放っておくと何か致命的な何かが起こりそうな気がする。


「アルカ、少し良いか?」

「なんだ? プロポーズならもうちょっと雰囲気のいいところでお願いするぞ」

「違う。実は」


 そこまで言ったところで、通路に異変が起きた。


「っ!? なんだ!!?」


 床が波打つ、まるで生きているかのように。


「は?」


 いきなり足下にぽっかりと穴が空く、牙を剥いた迷宮の落とし穴が俺を飲み込もうとしていた。


「させるか!!」


 上方に向かって風を吹かせる事で、俺を助けようとしてくれている。が、この穴はその干渉をものともしない強い力で俺を引っ張っている。


「くそっ!!」


 どうにかして抗いたいが、スカイフィッシュは今使えない。


「アルカまで落ちるな!!」

「い、いやだ!! また1人になるのは嫌だ!!」

「俺がどうにかなる前に向かえに来てくれ!! だから、手を離せ!!」

「やだ、やだああああああああああああ!!!!!」


 ダメだ、説得できそうにない。これじゃあどうにも。悲鳴をあげる腕がもう限界だ。


「う、うぐぁああああああああああああああ!!!?」


 俺の、腕が、もげた。


「シン!? シィイイイイイイイイイイイイン!!!!!」


 支えを失った俺の身体が穴に吸い込まれる。腕を失った痛みはまだ襲ってこない、アドレナリンが出てるうちに止血をしなければ。


「う、ぐぅうううううううううううううううううううううう!!!!」


 ラァの追跡を回避するための服の素材が余っていてよかった。強い繊維で縛れば血は止まる。二の腕のあたりは残っていてくれて助かったな。


「ガリ、ゴリ、ガリ、ゴリ」


 移動した先は真っ暗で、ただ何かを削るような音だけがする。この音の正体がなんなのかは判断がつかないがろくなもんじゃないだろう。なにせ、寒気が止まらない。大量の血を失ったことだけじゃ説明できないほどの圧倒的悪寒。これは命の危機を感じた時の奴だ。


「ガリ、ガリ、ガリ、ゴァアアアップ」


 これ、ゲップ、だよな。つまり音の正体は食事。音の大きさから予測するに、この音の源は俺なんかよりも遙かにデカい。囓る者よりもずっと、ずっとデカい。


「……親玉ってわけか」


 今だ姿の見えぬ虫の根源が食事を続ける。俺がこいつにできる攻撃などたかが知れている、食事を続けてくれるのなら俺はただアルカを待つだけだ。止まらない悪寒と、重傷のダブルパンチで俺が死んでしまわなければだが。


「我慢比べ、といこうか」


 体力の消耗を抑えるために座り込む、そもそも血を失ったせいで立ちくらみが酷かったんだ。あとはただ、深く呼吸をしながら意識を保つ事に集中する。


「ふぅ、頼むぜアルカ」


 なあ姉さん、ラァ、2人だったらこんな無様を晒さずにこの問題を解決できるんだろうな。でも、俺にはできない。だから、俺なりのやり方をするしかないんだ。


「っ!? 痛みが来やがったな」


 止血はしても、痛み止めなんてもってないからな。腕をなくせばそりゃあ痛む。


「----!!?」


 いってえ……!! これ、痛みで意識飛びそうだ……!!


「ゴア?」


 マズい、うめき声で気づかれたか? 食事の音の方がずっと大きいはずなのに、悪運すらも使い切ったってことなのかよ。


「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「ぐぉあ!?」


 なんて馬鹿でかい声だ、音の圧力だけで吹飛ばされたぞ。


「ゴゴ、ニンゲン、ニンゲンノ、ニオイ、クサイクサイ、ニンゲンノニオイ」

「喋るのかよ……」

「クサイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」

「ま、たか……!!」


 さっきよりも大きな叫び声、身構えることができたからなんとか踏ん張れたが、これ以上力を込めようものなら傷口から血が吹き出しそうだ。


「ガチンッ!! ガチンッ!!」


 なんだ、歯がぶつかって火花が出てるのか。薄らと浮かび上がる虫の親玉。


「冗談だろ……」

「グォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 巨大な身体に巨大な口、鱗で覆われた寸胴の身体。あまりにも大きな力の差がここにはあった、俺じゃあ絶対に勝てないと確信できるほどの戦力差。


「ガチンッ!!」


 虫の親玉の近くに舞っていた粉に飛び火し、照明弾のように辺りを照らした。より鮮明に、より深刻に、事態は推移する。


「イタナ、ニンゲン」

「……覚悟、決めるか」


 悪あがきはさせてもらうぞ。

 

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囓る者の王ニーズヘッグ

 畏れよ、その歯を。恐れよ、大いなる虫の王を。怖れよ、大樹に牙向くその蛮勇を。彼の者はいずれ来たる黄昏に備えて根を囓る。だが、愚鈍な彼は知るよしもない。黄昏など既に終わっている事を、彼の者の存在にもはや意味はなく、ただ根を囓るだけの虫へと変わり果てた事を。引導を渡されるその時まで彼の無意味は終わらない。

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