第10話桜が薫れば虫は去れり
「なぁんでオイラの名前知ってんだ? そこそこ頑張っていたみてえだけどここじゃ長生きできねえぞ。さっさと帰れ」
「もしかして、先代の長か?」
桜の樹人だから似ているような気がしたが、こいつは俺の知ってるヨシノとは随分違う。それでヨシノが自分の名であると言うのなら先代の長しかいない。
「先代? ははぁん。オイラ死んだことになっているんだな。まあ、その方が都合が良いと思ったバンの奴がそうしてくれたんだろうな」
「えっと、桜の樹人の長で合ってるんだよな?」
「ああ、そうだ。オイラがヨシノだ」
「……あんまり名乗るもんじゃないって聞いてたんだけど」
「あ? ああ、次のヨシノにそう言われたんだな。はは、生真面目な奴だったろ? 名乗りとか真名とかそんなカビ臭い風習なんて気にしなくて良いって伝えたはずなんだけどな」
「な、なるほど?」
随分とまあフランクな奴だ。その方がこっちもやりやすい。
「それはそれとして、お前何しに来たんだ?」
「実はそこの虫の出所を探ってたらこんな所に」
「ああそうか、ならオイラと一緒だな」
「なら」
「あ、でもお前じゃ足手まといだから一緒には行けねえぞ?」
「あ、さいですか」
「おう、それじゃあお互い死なないように気をつけような。じゃあな」
あー、行ってしまわれた。はー、キッツいぞこれ。ヨシノが一緒に居てくれれば楽に動けたんだけどな。
「……?」
「ちらっ……ちらっ」
あーれー? なんかヨシノがこっちをチラチラ見ているぞー? これは、あれだ。姉さんが構って欲しい時のアピールと一緒だ。つまり、今ヨシノに話しかければいける。
「あー、困ったなあ!! 俺は弱いからここだと死んでしまう!! 誰か強い人が助けてくれないかなー!! あー!! どうしようかなー!!」
分かりやすく困ってみた。これで話しかけてくれるなら大丈夫なんだけどな。
「そ、そんなに困ってんのか?」
はい来ましたね。
「実は、そうなんです」
「仕方ねえなあ、オイラが守ってやるか」
「良いんですか」
「ま、オイラもずっと1人でここに居るからな。誰かが隣に居るってのも良いだろ」
あ、口の端がピクピクと動いてる。これは笑いそうになってるのを押さえ込んでいるやつだ。死亡説が流れるくらいにずっと1人だったのなら人恋しくもなるだろう。それにつけ込む形になるのはちょっと卑怯だが、ここはウィンウィンということで。
「……あのう、これはいったい」
「お前が自分で弱いって言ったんだろ? ならこうやって守らんといかんといけないじゃないか」
右腕が完全に根でホールドされている。別に自分から積極的に離れようとは思わないが、結構動きにくいぞこれ。
「ま、ここらに居る虫ならそんなに強くもないからな。これくらいで良いだろう」
「もしかして、囓る者以外の虫も居るんですかね?」
「それ総称だから色んな型の奴がいるんだ。1番弱いのがさっきのだな」
「もっと強いのが出てきたらどうするんですか」
「そりゃまあ、こうする」
「うわっ!?」
根でがんじがらめにされて、背中にくくりつけられた!?
「こんな感じで戦うことになるな。これならオイラの動きも阻害しないし」
「そう、ですか」
これは中々キツい。激しい動きされたら反動くらって身体が軋みそうだ。
「早速、来たな」
「え?」
「少し動く」
「何が来たんですか!?」
「ちょっと強い奴」
今、前が見えないから余計に怖い。何が来たんだ、芋虫型じゃない奴なのか。
「っと」
後ろに飛んだのか!? 速いぞこれ。
「今、出てきたのはダンゴムシ型の奴だ。上から殴っても意味がない。だからひっくり返す」
風が吹く、桜が舞う、そしてなにかが転んだような大きな音。
「はい、一丁上がり」
目の端で緑の液体が飛び散ったのを見る。恐らくひっくり返したダンゴムシの腹に風の一撃をたたき込んで終わらせたんだろう。
「終わったぞ」
解放された。やっぱり、この人かなりやるな。なんの苦労もせずに、囓る者を処理した。
「どうだった?」
「どう、とは」
「何か感想はないかって事だよ、鈍い奴だな」
感想、俺はほとんど何も見ていないが。この顔は、あれだな褒めて欲しいときのラァの表情と一緒だ。つまり今は褒めるべき時間という事になる。
「すごく……かっこよかったです?」
「そ、そうだろ!! 何回も何回も倒してこんなに上手に倒せるようになったんだぞ!!」
「とても真似できないですね」
「へへん、そうだろそうだろ!!」
なんかこの人との付き合い方が分かってきたような気がするなあ。
「それじゃあ、このダンジョンの底を目指して下っていきましょう」
「下? ここって下に行くのか?」
「あ、はいそうみたいです」
「知らなかった!!」
これは結構工夫が必要だな。
————————————————————
【囓る者】ダンゴムシタイプ
マワル、コロガル、ドコマデ、ワカラナイ、ケレド、タイジュノネニイタレバワカル、キット、キット、ワカル。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます