第2話再検討
「お兄様、この一月は夢のようでした」
「そうか……それは良かった……」
なんとかラァの部屋1ヶ月を切り抜けて久しぶりに外に出る事ができた。運動不足で体中バッキバキだが、その程度の鈍りが致命的になるようなレベルにはないから大丈夫だ。自分で思ってなんだが、少し悲しくなってきた。
「……ふう」
「シン、どこに行っていたんだい?」
「ラァに監禁されてました」
「……そうか、苦労をかけるね
「良いんだ父さん、それで何の用なの?」
「実はシンが強くなる方法を考えてて」
「一応聞くけど、その方法っていうのは」
「身体能力と固有能力で勝てなくても、技術と知恵なら可能性があるんじゃないかと思ってね」
「……こちらをご覧ください」
「もしかして……」
「それでは説明をはじめさせていただきます」
技術? 知恵? そういうのは俺もとっくに考えたさ。そこでも勝てそうにないから諦めて欲しいんだ。とりあえず今回はパターンCの資料で父さんと母さんを納得させよう。
「うーん……これもダメか」
「今日はここまでにしましょう」
「はい、またのお越しはないことを祈っております」
「諦めないわ、子の可能性を諦める事は何より辛いもの」
「……困ったなあ」
父さんと母さんは後々改めて説得するとして、俺はデーレ姉さんとラアを突破する方法を考えなくちゃいけない。
「……どうしたもんかな」
「あ、シンちゃんだ。どーしたのそんなに難しい顔して」
「んー、デーレ姉さんより強くなるにはどうしたら良いかなって」
「え? シンちゃんはもうお姉ちゃんより強いよ?」
「そんなわけないって、俺じゃあ手も足も出ない」
「だって、お姉ちゃんはシンちゃんの事を攻撃する事なんてできないもの。それに、シンちゃんに攻撃なんてされたらそれだけで心が壊れちゃう」
「大げさだよ」
「ほんとーにそう思う?」
至近距離に顔が近づく、鼻先が触れるような距離で正面から目を合わせた。デーレ姉さんの瞳の中には雷が迸っている、それが能力の影響によるものかは分からないけどとても綺麗だ。
「じゃあ、試しにお姉ちゃんをぶってみて」
「そんなことできない」
「良いから、軽くぺちって。ね?」
「……やらなきゃだめ?」
「だめ」
「それじゃあ……」
触れるように頬を打つ、もはや撫でたと言っても過言ではないくらいの弱々しいものだ。それくらいが限界だった、姉さんの頬を打つなんて悪魔に魂を売ってもしたくない。
「ひぐ、ひぐ、シンちゃんが、ぶったぁ……!!」
「え」
「お姉ちゃんを嫌いになったんだぁ……!!」
「ちょ、姉さん!?」
「うえぇええええええん!!!」
「これ……本気泣きだ」
姉さんが本気で泣くときは、帯電するから分かりやすい。もうバッチバチに迸っている、これにうっかり触れると感電して黒焦げになる。もちろん経験済みだ。
「落ち着いて、ほら」
絶縁できるように用意した特性のハンカチで涙を拭いながら頭を撫でる、これで落ち着かなかったらちょっと大変だ。とはいえ、今回はこれで落ち着いてくれた。
「ひっく……分かってても泣いちゃうの。これが本気だったらお姉ちゃんもう生きていけない」
「十分分かったよ」
「だからシンちゃんは今のままで良いの。強くなくたって、何も困らないんだから」
「はは、そうだね」
「分かってくれて嬉しい、じゃあお姉ちゃんはちょっと用事があるから行くね」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんは怪我なんてしない」
バチッという音を残して姉さんが消える、雷を纏った移動はもはや目で捉えることもできない。少なくとも俺には。
「……威嚇するくらいで崩れてくれたりしてな」
姉さんに精神攻撃を仕掛けて泣かせるなんて、そんな外道を行ってまで旅に出る必要があるのか? そのような事は思うが、一応選択肢として頭の片隅に留めておく。いつまでも、ここで燻っていては俺の予想通りにしかならないのだから。
「ラアもどうにかしないとな……」
「お呼びになりましたか?」
「……ラァより強くなるにはどうしたら良いかなって」
ラァの能力は変幻自在、縦横無尽だ。気体以外の全ての状態に迫る粒子に囚われたが最後、俺は部屋に連行されるだろう。どうやって逃げおおせたものか。
「お兄様がラァより強く、ですか」
「そうなんだ。知ってるだろ? 父さん達の願いだからさ」
「困りました、いくら考えてもラァがお兄様に負けるのが想像できません」
「ま、そりゃあそうだ。あ、例えば俺がラァを攻撃したらどうする?」
デーレ姉さんと同じ結果にはならないだろうが、何かの糸口になってはくれないだろうか。
「お兄様が、ラァに、攻撃?」
「そう。例えばこんな風に」
姉さんにしたように軽く頬を撫でる。
「え?」
「どうだ?」
「今、もしかして、ラァをぶったのですか」
「まあ、そうなるな」
「ひゅ」
「ひゅ?」
ラァが膝から崩れ落ちた。
「ど、どうした!?」
「あ、か、ひゅ」
呼吸が上手くできてない、顔色が真っ青だ。
「大丈夫か!?」
「ひゅー……ひゅー……」
どうしたら良いか分からず、抱きしめることしかできなかった。何が起こったか分からないが、俺にできることはこれしかなかった。
「はぁ……はぁ……お兄様……」
「ラァ!! 無事か!!」
「お兄様……ラァは……ラァは……お兄様にぶたれるなんて考えたこともありませんでした……こんな絶望に包まれるなんて……」
「まさか呼吸ができなくなったのは」
「はい……お兄様にぶたれたからです……」
「本当にごめん、もう二度としない」
「……お兄様、お兄様はもう、ラァよりも強いです。よく分かりました、ラァはお兄様には絶対に勝てません……攻撃することはできませんし、攻撃されれば今のようになります。抱きしめていただけなければ、ラァは今頃死んでいたでしょう」
「そんな……」
「いえ、そうなります。絶対に」
「そ、そうか」
俺は出し抜く手段が欲しかっただけで、即死攻撃の選択肢が欲しかったわけじゃない。俺から攻撃する意思を見せるのはあまりにもリスクがありすぎる事が分かった。またしばらくは考えなければいけないみたいだな。
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【弟溺愛】
生まれたときから知っている、水よりも濃い完全なつながり。濃すぎるつながりは何を生むのか、手のひらの先に感じるものだろうか。
【兄溺愛】
物心ついた時から慕っていた、金より尊い十全たるつながり。己と相手に不足はなく足すことも引くことも要らなかった、足すものも引くものも知らない無垢にだけ許された傲慢。
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