第4話 玉ねぎは裏切らない
「勝つためには敵情視察も必要でしょ」
ユウヤの一言で、当日、おれたちは近所の野菜マーケット会場に出向いた。
もっとも、近所での開催じゃなかったら、彼らがメインアクトのイベントに足を運ぼうなどとは思わなかったはずだ。グループ全員のやる気と結束力を高めるきっかけになるならと、すでに三十分近く、地元商店街の長蛇の列に並んでいた。どうか知り合いに見られませんようにと祈りつつ、鉢合わせたときのための言い訳を考えていた。
「ていうか、散々叩きまくったくせに、どれだけ暇なんだ、こいつら」
シンジが無邪気な毒を発した。売れているというだけで
「ワライタケの幻覚作用で鋭敏になった舌先のお手並み拝見ってとこだろ」
といつものように軽口に付き合った。「そもそもこいつらの野菜に群がる時点で味音痴を認めてるようなもんだけどな。ていうか、あきらかに自分以下だってわかってるやつらを評価するのって、ある意味一番難しいよな。物言えば唇寒しっていうしさ」
それこそ言いすぎなのはわかっていた。どことなくユウヤに対するこれ見よがしな気持ちもあったかもしれない。とはいえ、後ろから切られるような発言をされるとは思わなかった。
「君は、自分が彼らより上だと思ってるわけ?」
いつにも増して冷たい口調だった。
「は? 君だって、やつらの新作野菜はいまいちだって言ってなかったか?」
「前作はね。だけど、彼らは半年に一度は新メニューを発売している。そもそもベジタブル活動を続けるなら、定期的な新作リリースは必須事項でしょ。それと直売パフォーマンス。彼らは去年一年だけで全国各地で八十回以上の直売ライブを行っている。おれたちは二十回弱。それも近所のフリマだけだ」
一枚岩の底辺に亀裂が走った感触があった。
「ていうか、おれたちが同じことをしたら、自転車操業どころの話じゃないだろうよ。シャッター通りの個人商店が大手コンビニグループに太刀打ちできるわけがないんだからさ。全国ツアーを回ってる間に、アパートと自家菜園から立ち退き命令が下されちまうっての」
軽口風に返したが、ユウヤの表情は変わらなかった。
「その自覚があるなら、もっと先々を見据えるべきでしょ。十五分前と真逆の発言を繰り出すリーダーに振り回される側の身にもなってみろよ。彼らはどんなプロジェクトでも、一年以上前から計画を立てている。大きな会場で販売会を開くには、二、三年前から会場を押さえておく必要があるそうだ。常に事務所やレーベルのスタッフ全員の命運を担っていることがどれほどのプレッシャーなのか。休日のベジマーケットの行列で日向ぼっこしているようなおれたちとは立場が違うんだよ」
正直、ユウヤにこれほど理路整然と語れる弁舌能力があるとは思いもしなかった。心臓が高鳴り、腋の下に嫌な汗がじわりと滲んだ。耳たぶまで赤くなっていたはずだ。羞恥心による赤面であることをごまかすためにキレた(振りをした)。
「はっ! 年中末端冷え性の憂き目にあっているおれたちが、心臓近辺の血の巡りを気にするってか! さすがユウヤ地蔵観音菩薩さま! おれみたいな自分のことしか考えていないケチをつけるのが何より大好きな小心者のウジ虫野郎には三千回生まれ変わっても到達できない境地にいらっしゃるようで。そりゃ駄菓子屋なんてとっとと売っぱらってフランチャイズの契約をするのが賢い選択なことくらい、低脳いじけ虫のおれだって重々承知だよ。ていうか、おまえはいつも偉そうなんだよ! 大したアイデアを出すでもない! そのくせ常に上から目線! おまえは人工衛星かよ!」
「もうやめろよ!」
シンジがおれの肩をつかんだ。助っ人登場に内心喝さいを送った。人工衛星なんてバカげた例えを持ち出した時点で、悪態のネタは底をついていたのだ。気持ちを切り替え、今度はシンジを罵倒した。
「ていうか、おまえこそ、どっちつかずの態度はいい加減にしろってんだよ! 延々と内輪揉めしてて大手企業に対抗できるわけがないんだ。言いたいことは全部吐き出して、合わないなら解散するしかないんだよ! 言ったろ? 獣道が栄光に続いている保証なんてどこにもないって。それでもこの道を選んだのは、楽しそうだと思ったからだろ。だったら、末端冷え性時代だって楽しむしかないんだよ。そもそも明日のベジタブル星人を目指す連中がどれだけいると思ってるんだよ。確信を持てないなら引き返すしかない。いまならまだ帰りのバスはあるぜ。何ならハイヤーでも──…」
「引き返すつもりはないよ」とユウヤはトランシーバーを取り出した。最近発売されたスイカおばけモデルの新機種だ。いつのまに…。
「もしもし、ハロー・ウィン? ああ。話はついたよ。迎えに来る? わかった。いまテーマパークの入り口の列に並んでいるから。じゃあ、よろしく」
「おいおい、おまえ、正気か?」
シンジがユウヤの肩をつかんだ。
「悪いな。以前からハロー・ウィンには誘いを受けていたんだ。今後のプロジェクトにスイカのエキスパートが必要らしくてさ」
前々から決めていたセリフだったのだろう。棒読みしているみたいな口調だった。
「スイカが好きなのはわかるけど、赤くて甘いのが好きだってんなら、南国産のミニトマトだって負けてないぜ」
とシンジは食い下がったが、本気で引き止めようとする意気込みは感じなかった。
「知ってるだろ? おれはどうしても成功しなくちゃならないんだ」
「そりゃわかってるけど…」
安っぽいメロドラマに脳内を占拠されているユウヤにとっては、ハロー・ウィンのお膝元はふさわしいのかもな、とぼんやり思った。
「どうせ逆境をバネに成り上がりました的な自己啓発本に触発でもされたんだろ?」
そう言うと、ユウヤは充血した目をキッと向けた。
「おれも来世はユウヤに生まれ変わりたいよ」とおれは笑った。「なあ、シンジ。さすが、夜間学校を留年しかけて、となりの席の女に答案二枚書かせてやっと卒業できたジゴロの天才だよな。まさに他力本願を極めつくしてるよ」
「もう、やめろって!」
とシンジが声を張り上げた瞬間、列に並んでいる観客たちがわっと沸いた。宮殿の正門から、翼を広げた銀色のメルセデスベンツが登場したのだ。車は列の傍をこれ見よがしにゆっくりと走行し、ユウヤの前で停車した。後部座席にもたれたハロー・ウィンはサングラスをかけ、かぼちゃをかぶったような髪型をしていた。ルーツハロウィンに目覚めて、お次はカボチャ星人でも目指すつもりなのだろう。
「みなさん、お待たせしました」
とハロー・ウィンは声を張り上げた。「予告通り、一時間後、スイカおばけのニューパフォーマーが巨大スクリーンに登場します。あと少しだけお待ちください」
これ見よがしにスイカデザインのトランシーバーを掲げると、行列のそこかしこで黄色い歓声があがった。本日中に同機種が完売することは必至だろう。
「一応、顔は隠してくれます?」
新しいボスの命令に、ユウヤはフードを深くかぶり、
「じゃあな。暇ができたら飯でも食おうぜ」
シンジの肩を叩き、後部座席に乗り込んだ。
(つづく)
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