不安定に安定してる
唐突に、涙が溢れて困惑する。
両目から一筋ずつ。頬を伝って顎で合流。ひとつになって服に落ちる。
俺は直前、何を言ったっけか。
「寂し、い」
涙は溢れない。
違う。
「辛い。悲しい。……苦しい?」
違う。
小さな文字が浮かんでいる画面から目を逸らす。窓には青空。雲ひとつない。晴れ晴れとした空。
あぁ、思い出した。
「いやだ」
目の淵に、水分の感触。
なぜ。わからない。
「いやだ?……いやだ」
涙が溢れる。
本当にわからない。
わからなすぎて、笑い未満の声が口からこぼれる。眉間は小さな皺を作り、口は歪な笑みを作った。下を向く。分岐した涙の一雫が、鼻を伝って落ちていく。
「い、やだ。いやだ」
掠れる声で繰り返しても、その本性がわからない。
どこまでも曖昧な表情のまま口をつぐんだ。ほんの少し顔を動かせば青空。清々しい、気持ちの良い空。
誰かの話す声が聞こえる。誰かがつけてるテレビの音。車のエンジン音。鳥の鳴く声。犬は吠えてる。
部屋の中はしんとしている。
俺はそんな部屋の中で、どこか遠く、それらの音を聞いている。
目の端には微かな水分。けれど溢れる気配はない。
頬に残った、奇妙な雫に手をやりながら、ほんの少し考える。
ひとりは好きだ。心地がいい。マグカップに入ったほうじ茶。静かな部屋。だから聞こえる日常の音。窓から覗く青い空。この部屋が好きだ。
反対側の頬を触って、思考の種類を変えてみる。
ひとりでいるのは好きだ。でも、ひとりであるのは、ほんの少し寂しい。息苦しい。わからなくなる。知らない。わからない。
青空を眺める。青いというより、薄い水色。儚くも見えるくせに、あまりに絶対的なものにも見える。
どこか遠くへ行きたい。ここじゃあないどこかへ。
ふと浮かんだ、これまでの人生で何度も目にした、聞いた、思った言葉に少し笑う。机の上に肘をついて、少し熱めの頬を支える。思い立って口を開く。
「いやだ」
心が小さく震えるが、涙はもう出てこない。有効期限が切れたらしい。ずいぶん短い。まだ何もわかっていないのに。
空は儚く、けれど絶対的な清々しい色。耳には誰かの笑う声。葉が揺れる音。どこかで自転車の車輪が回ってる。
少しだけため息をつく。口は微かに、けれど自然に笑みを作る。心地よかった。
しばらくずっとそうしていた。
空を眺めて、音を聞いて。時々思い出したように口を開いて言葉をこぼす。溢れた言葉の意味を考える。
手に触れる薄い頬は、平常な温度を伝えていた。
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