第626話
どうやらフランの知り合いというか身内というか……。
まあ足を止めて長々と喋り続けるわけにもいくまい。
とにかく信用出来る人物であるらしいので、言われるままに窓の外へと飛び出した。
二階――と言うには些か高い位置にあった窓だったが、既に身体能力さんが人間を辞められているので問題ない。
……ねえ? ほんと……両強化の二倍でも充分に超人をやれるっていうのにさぁ……どないなっとんねん異世界。
これが噂に効くインフレだというのなら、現実に顔を出さないで欲しかった。
身が持たないからあ! 正しい意味で!
開かれた窓から空へと体を躍らせ、器用に体を後ろに向けて『叔父様』とやらの動向を窺う。
まさかここで『ハイ、サヨナラ』とはなるまいが……風体が風体だけに、なんか裏切られそうな感じはあるよね……。
バタバタと風に煽られる中、海賊も斯くやとばかりの叔父様は……楽しそうな表情に囃し立てるような|口笛を吹いてヒュ〜していた。
いやなんでやねん。
思わぬツッコミも、しかし叔父様の足元……窓から下へと垂れているロープを発見すれば氷解だ。
「……ねえ、もしかしてあれを伝って降りる手筈だったんじゃないの?」
小脇に抱えられた小娘が何か言ってやがる。
トレードマークのハーフツインも、今だけはバタバタと風に煽られて面白い感じになっている。
「これだからトーシロは……。あれはダミーだ。騙されるな」
「叔父様、ロープを伝って降りてるけど?」
「フェイクだな。中々の策士と見た」
錯視じゃなくね?
ほぼ自由落下みたいなもんですやん……一、二回減速のために握ってたけど、必要だったかどうかと言われると疑問でしょう?
勢いをつけたせいか滞空時間が長くなった俺達と、最短距離で地面へと向かった叔父様との着地は同じタイミングとなった。
軽やかに降り立った向こうとは対極に、力技で勢いを殺したこちらは地面に穴を生むという結果に落ち着いた。
荷物から押し潰されたカエルのような声が上がった気もしたけれど……問題ないだろう。
だって目標は沈黙してる、つまり暗黙で了解。
この後の手順を確認するべく叔父様へと視線を投げ掛けると、こちらへ滑るように移動してきた。
静かで素早く無駄の無い動きだ。
体の軸がブレない走りは、速度を出すというより違和感を消している。
見つけにくく、また気付かれにくい走り方である。
フランの叔父様なのだから、この人だって貴族の筈なのだが……。
密航屋を知っているばかりか、この風体にこの動き。
どう見ても賊です、ありがとうございます。
なんなら首謀者って言われても頷けるよ。
こちらへと走り寄る叔父様の手に握られているのが、刃物じゃなく宝玉をあしらった短杖ということだけが違和感である。
「ハッハー! そんなモヤシのような体の癖に、中々どうして……動けるじゃないか? 姪のナイトを気取るだけはある」
「いえ結構です」
「あん? 何がだ?」
「気にしないで叔父様。こういう奴なの」
「……ほう? そうかそうか」
脇腹をグリグリしてくるお荷物様に、お返しとばかりに頬をグリグリし返してやったら、グーから気色悪い杖にグリグリが変わったので手を引いた。
その一連のやり取りを物珍しげに見つめる叔父様は、何を納得したのか幾度となく頷いている。
いや別にツンデレとかじゃなく本気で結構です言うてるんでね?
そこのところは勘違いしてほしくないな。
観劇を行っているという建物から外は、外観を良くするためになのか整えられた森といった様相だ。
数時間前にも潜んだので知っている。
実家のある村の外の森とは違い、歩きやすく道も見つけやすい。
歩いていれば何処かに着くだろう設計なのは、ここでどれだけ広くとも宿屋という敷地の中だからだろう。
どっかの駅内とか見習って欲しいね。
そんな道の一つに飛び込んだ叔父様が、顔だけ振り向いて促してくる。
「こっちだ。ズラかりながら話すとしよう」
是非もない。
しかしやはり貴族と呼ぶには……些か世界の海を股に掛けている気配が強いなあ。
ズラかるとか言うてますけど?
その辺りの疑問を込めた視線を、帝国貴族が何たるかを語る小娘に向けると……あからさまに逸らされるというのだから……この叔父様とやらの性格も知れる。
「追っ手は無いように上手くシアン側を撹乱してるからな、恐らくは直ぐに追い付けはしないだろうがね? いやはやスパイというのは至るところに居るのが困りものだ。そうは思わないか? うん?」
おい、お前の叔父様怖くない?
ニヤニヤとした笑顔でズラかりながら怖い話をするキャプテン叔父様。
しかし今の状況じゃ、頼りになると言われればそれまでである。
フランが叔父様に会うことで一連の御家騒動を解決出来ると見込んだのも、こういうところからだろうか。
でもまあ確かに頼りになる。
これは問題解決も見込めるのでは……――なんて考えたからか。
「しっかしなあ〜……逃げ込む先まで同じとは、血の繋がりを感じさせるじゃないか? 港までは跡を追っていたから知ってるが、てっきり海に逃げたのかと……よく陸伝いに逃げるツテを知ってたなあ。密航屋のツテは使わなかったのかい?」
問い掛ける叔父様に、驚いた表情をするフラン。
一人だけ皮肉げな笑みを浮かべるパンピー。
へっ、もう慣れっこだぜ、こんな状況。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます