第620話


 幾度の着替えを越えて……今! 初めての! タキシード!


 姿見に映る自分を上から下まで見ているが…………似合わねえなあ〜……。


 ……これは今生の村人顔のせいであって、前世の俺の渋さならワンチャンあったと思おう。


「あら、まあまあ見れるじゃない」


「俺は知ってるんだ、社交辞令という言葉の存在を」


 村娘にしても豪商の一人娘ぐらいだったフランの装いも、今じゃ疑いようがなくプリンセス染みている。


 髪色に合わせたのか明るい系統の色合いのドレスも、この世界にしては珍しい……のかどうかは分からないが、少なくとも初めて見るぐらいには丈が短かった。


 本人的には気になるものでもないのか、クルリと回ってみせては得意気にご自慢のハーフツインの髪を弾いては訊いてくる。


「ふふん、どう?」


 ペッタンコやでー。


「とても可愛いらしいです」


「……ねえ、いま何処見て言ったのか言ってみなさいよ?」


「その杖で頬をグリグリするのはやめたまえ。それは御国の至宝ですぞ?」


 ある程度のグリグリで満足してくれたのか、フランは杖をハンドバックの中に戻した。


 ドレス、ミュール、ストール、耳飾りに指輪まで設えたフランは……まあ、全くもって遺憾ではあるのだが、どっからどう見ても成人済みの女性レディーにしか見えない。


 少なくともタキシードに着られている青年よりはマシに見えるのだから、女ってのは怖い。


 ……そういやターニャの成人の衣装も、衣装だけ見た時は『大人っぽ過ぎない? これ、周りが盛り上がっちゃったパターンじゃない?』とか思ったんだよなぁ。


 パチンとハンドバックの口をとめたフランが訝しげに言う。


「今なんか不快なこと考えなかった?」


「想像まで規制されるんですか?! てか何も思ってねえよ……なんだその冤罪の被せ方。新し過ぎるだろ」


「そお? なら別にいいんだけど」


 そっぽ向くフランを無視してこちらの装備も確認しておく。


 似合ってないタキシードだが、こういう高級品はさすがに異世界なだけあって魔物素材が多く、普通の装備より頑丈だという理不尽だ。


 こういう服を着る方々の生活が如何に危険かはともかく、安全性で言えば『布の服』より大分高いだろう。


 なので胸ポケットの折り畳まれたハンカチは弾丸すら受け止めて、わざわざ着けた白手袋は焼けた鋼でも触れる筈である。


 ……もう全然そんな気はしないけど。


 でも実際に俺が自宅に持ってる服よりか、渡される数々の服の方が頑丈なのは今更だしなぁ。


 幾分か疑わしげに白手袋を着けた手をグーパーしてたら、向こうでも確認が終わったのか姿見を前にしていたフランが言う。


「よし、じゃあ行くわよ」


了解ヤー


 フランを先頭に部屋を出る。


 たぶん戻ってくることは無いと思うので忘れ物無しが必須。


 フランが先を歩きながら話し掛けてくる。


 何処に向かうのかはもう聞いているので作戦の再確認だろう。


「この街には貴族街が存在しないから、滞在する貴族は必ずといっていい程この宿に泊まるわ。まあ、そもそもここを目的としてる貴族なんてよっぽどいないとは思うんだけどね」


 ……そうかな?


 昨日のシェーナの発言と、港から足を伸ばせる適当な距離に、更には北へ通じていない辺境という閉塞感も加味すれば……。


 むしろここを目的とする貴族とか多そうだけど。


 『愛する人』って書く割には不純なアレに。


 フランが続ける。


「まずお姉様の居場所が分からないことにはどうしようもないわ。それで――」


「――護衛、つーか刺客のアニマノイズが同席してるのはダメな。何が起こるか分からんから」


 さすがにそれは認められん。


 てか勝てん。


「わかってるわ。だからお姉様の習性……ていうか貴族の嗜みを利用するわ。もし本当にお姉様がここに泊まってるんなら、歌劇場に通うと思うの」


 呑気か。


「歌劇場は貴族の社交場でもあるわ。貴族社会の情勢や流行り……それとある程度の権威を示せる場所だから、高位貴族なら『顔出し』くらいはするものよ。最近の歌劇に理解があることも、貴族の子女なら押さえておきたいステータスだもの。蟄居同然だったお姉様なら、ここに泊まっている間ぐらい通ってても変じゃないわ」


 そういうところは何処の世界でも、って思うね。


 あるんだよなぁ……「え、この曲知らないとかマジ?!」みたいな文化……。


 いや俺もオタクだったから某海賊漫画を知らないとか言う奴に希少生物を見つけた時のような視線をぶつけたことあるけど。


「ま、それでいないならいないで俺としては良しなんだけど……」


 なんせ一泊分しかお金無いもんね? 明日の夜まで待つってわけにもいかないもんね?


 幾分早足で階段を降りて室内に噴水を設えたエントランスを横切る。


 時刻もいい感じに深まってきている。


 恐らくは接触のチャンスがあるとしても一回か二回ぐらいだろう。


「絶対にいるわ。お姉様は貴族として『完璧』であろうとしているもの。たとえどんな理由があったとしても、面子を重んじるのが貴族なの」


「……まあでも四つありますけど?」


 全部回る時間ある?


「そこは勘よ!」


 グッと勢いづいて言うフランに、これは明日にものんびり道中記に戻るなと確信した。


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