第619話


「イカレちゃったのかな?」


「私は本気よ」


「壊れちゃったんだな……」


「あんたちょっと遠慮無くなり過ぎてない?」


 いやだって……。


 行儀悪くもクッキーなのかケーキなのかという甘味をモグモグさせながらフランを指差す。


「お前ね? 命を狙われてんだよ? わかる? 暗殺って知ってる? 殺意って理解できる?」


「いま私が抱いてる感情がそうね」


 そうか……実の姉に命を狙われたが故に染められてしまったんだな……。


 だとしても超ド級に危ない杖の先を俺に向けるのは違うんじゃない? 姉ね? 姉……君が憎く思ってるのはお姉ちゃんでしょ?


 何故か狙いを定めるように杖を動かすフランに、『まあ待て待て』と紅茶で口の中を流し込んでから続ける。


「今の状況が危ういのは分かるな? 今、暗殺される標的側としては、俺達は圧倒的なアドバンテージを得ている。暗殺する側が目標を見失っているというアドバンテージを。……なのにそのアドバンテージを自ら手放そうとか言っちゃってんの。バカなの?」


 死ぬの?


「どっちがそうなのかは直ぐにわかるわよ? 大して待たせないわ」


 なんか……口がモゴモゴしてるなぁ……何かを唱えてるわけじゃないよね? 代償って命だもんね? ね? 違うって言ってよお嬢様?!


「待って。いやほんとに。確かに、シェーナの動向を探るっていうのは別に構わなかったと思う。いま相手がどういう動きをしてるのか分かるからな。ひょっとしたら親父さんも起きちゃってた可能性もあるし……でもご挨拶は違うと思うんだわ? 知ってる? 故国の言葉に『鴨が葱背負って――』ってあるんだけど?」


「知らないわよ。私、生粋の帝国貴族だもの。ラグウォルクとは統一歴から没交渉なんだから」


「うん、だろうなと思って言ってるところもあんだけど……要約すると『手間が省けてありがとう』的な意味です」


「まあ、言わんとするところはわかるわ。私だってなら自殺行為だと思うもの。じゃなきゃ何の為に逃げ出したの、ってなるじゃない。私だってそこまでバカじゃないから」


 少し前なら……?


 引っ掛かる言葉に首を傾げると、フランがズイッと杖を前に突き出してくる。


 ちょっ、危ないでしょお?!


「そんなに怖がらなくても本気で使ったりしないわよ」


 いや普通に目を突かれますよね?


 無意味にアップにされた気色悪い模様が蠢く杖を引き戻すと、フランは得意気に掲げて言った。


「今はこれがあるわ!」


「……その、間違えて焚き火の火付けに使ったら死んじゃう最低コスパ兵器が何か?」


「なんでそんな何処にでもある魔道具みたいな使い方しなきゃいけないのよ……そうじゃなくて! これは帝国の至宝なのよ? その価値や威力は、私は元よりお姉様の方が詳しいぐらいだわ」


 そりゃあ……元々大人しくしてれば次期当主というか当主婦人だったんだもの。


 そういう教育がしっかりとされていてもおかしくはないわな。


「つまりあれかな? 無理心中的な脅しで、なんとか身の安全を確保しようってわけか? その会合の間だけでも。……悪い奴やなぁ」


「……なんでそういう考え方になるのよ? 私がこれを持ってたら、下手に現場に居合わせることで王家の手が伸びてくることを嫌うお姉様への圧力になるんじゃないかしら? って話よ。それに、この杖はちゃんと国王陛下にお返しするわ。でね。この杖の性能を考えれば考えるほど……私なんかが軽々しく使える杖じゃないもの。それは帝国貴族として当然の義務だわ」


 一回の使用に生け贄がめっちゃ必要な邪杖だけどね。


 しかも効果も眉唾なんだよな〜……ぶっちゃけあんまり信じてない。


 めちゃくちゃ頑丈ではあるけど、それだけって感じだ。


 ……虚仮威しなのでは?


 疑わしげに杖を見つめていたら、これで決まりとばかりにフランが続ける。


「お父様の居場所や御家乗っ取りの露見なんかは望めないでしょうけど……それでもお姉様と話すことで、分からなかった動機や真意がハッキリとすると思うの。それは今後の行動の指針になるわ」 


 なるかなぁ……。


「頭おかしい奴の動機って、大抵頭おかしいから理解出来なかったりするぞ?」


 前世ではニュースっていう手段があったからか、割と露わにされていた犯罪者の動機や心理だったが……理解出来たかと言われれば首を傾げることの方が多かったかもしれない。


 一番多い感想としては『そんな理由で殺されたくねえなぁ……』だったと思う。


「大丈夫よ。そんな、いくらお姉様でも……こんな大それたことやらかして……だ、大丈夫よ!」


 怯んどるやないかい。


 でもまあ気持ちは分からんでもない。


 自分を殺そうとする理由……まあ知りたいと思う方が自然だわなぁ。


「でもまあ堂々と会いに行くのは違うと思う。会うとしてもこっち有利……相手が一人の時に、コッソリって形なら……まあなんとか?」


「それは…………難しいこと言わないでよ」


 そんなことを言いつつも、部屋を出る準備を始めたフランは意見を曲げるつもりがないようだ。


 ……せめて俺の魔法が使えるまで待つとかないかなぁ……まあ言ってないんだけど。


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