第616話


 しかし話を聞こうにも、まずは相手を見つけないといけないわけで……。


 …………ここ何処?


 こういうセキュリティがしっかりしている宿屋(?)は、尋ねられたからと誰が何処に泊まっているかなんて軽々に教えてくれるわけがなく……。


 普通の宿屋だと案外教えてくれるのだが、そこはそれ。


 従業員が頼りにならないとなれば当たって砕けてみるしかない。


 となると手掛かりはシェーナが乗っていた馬車だけになるのだが、どうやらお高い宿屋だけあって立体駐車場のような場所まで完備されているそうで、一先ずはそこを目的地とした。


 部屋に残るフランには、こういう宿屋に慣れているという利を活かした情報収集をお願いしている。


 ハッキリ言ってマナーの魔の字も分からない転生者には、その転生っぷりを活かした肉体労働がお似合いだろう。


 ……いや間違ってないよ? 結局のところ授かった能力でのパワープレイゴリ押しに行き着くのが転生の真実だから。


 頭脳系転生者とか都市伝説だから。


 いざとなったら力こそパワーが我等の合い言葉。


 しかし…………。


 力ではどうしようもない出来事だって、この世界には幾つか存在している。


 その最たるものが迷子だろう。


 まあ待ってほしい、今はまだ焦る時間じゃない、そうだろう?


 綺羅びやかに光るタージマハルも斯くやと言わんばかりのタマネギが、俺の現在位置を教えてくれている。


 しかしここで問題になるのは……四方何処から見ても同じように見える宿屋の外観だろう。


 それが美しいとばかりに眺める景色も似通っていて、原点に立ち返ろうとする俺の邪魔をするのだ。


 つまりタマネギのせいである。


 おかしな宿屋だよ、全く。


 やれやれ調に息を吐き出しながら異世界の風景を堪能している。


 そもそもがおかしかった。


 なに? 『コンサートホールの外壁に沿って裏に回る』ってのは? なんで宿屋のコンサートホールなんてあるのか聞けば「音楽を聞くためよ。他にある?」なんて答えが返ってくるの頭おかしい、大体『裏』って何処だよ?! コロシアムよろしく円型の建物に裏も表もあんのかよ?!


 しかも四方の景観が同じということは……ええ、ええ、ありますよ同じような建物が四つ!


 どないせえ言うんじゃい?! え、なに? もしかして細かい違いでもあるわけ? え、なに? そんなのが庶民に分かるとでも思ってるわけ?!


 これは貴族様の敗北だよ……経済格差と身分社会が生んだ闇さ。


 庭というか敷地を巡っている水路は月明かりを反射して煌めき、美しい景色を背景に女性をエスコートするイケメンもチラホラ……。


 あいつらに「ここ何処ですか?」って訊くのは転生者の敗北になるから訊けないね……。


 全転生者を代表して拒否する。


 なら然るに部屋に戻るべき――なのだが……万が一にもそんなことはありえないと分かっているんだけど、もし部屋の場所が分からなかった時が怖い。


 『任しとけ』とばかりにクールに部屋を出たのに……メイドさんの案内でもって部屋に帰るのだ。


 その時に向けられるジト目には俺でも耐えられないだろう。


 だからあれだ、もう一つの原点に帰ろう。


 転生者としての原点。


 つまり圧倒的能力だ。


 ――――全部見て回ろう。


 多少の時間が掛かるのは、大袈裟も下に見る演出を盛って誤魔化すとして……。


 足で稼ぐを地でいくとしよう。


 変に賢く場所の特定なんてしちゃいけねえや、一つ一つ可能性を潰していくのが大事だって無開業の探偵も言っていただろ?


 なんて閃き……まさか俺が頭脳系転生者だったとは。


 そうと決まればと薄ら笑いを浮かべてフッと笑って歩き出す俺に、近くのカップルのヒソヒソ声が届く。


「……待ちぼうけかしら?」


「見ないであげるのがマナーだよ」


 グサッとくるわぁ〜……。


 緊急事態用に強化魔法を掛けていたのが仇となってしまった……届かなくてもいい声だってあるんだよヒーロー。


 これが原点オリジンってやつか……なんて重さなんだ。


 涙を見せないとする前の世界のマナーを守りつつ、とりあえず最も近い円型のドームに足を向けた。


 中に入るには何らかの手続きが必要なようで、藪をつついてとならないように遠目にするだけである。


 さすがに全部が全部コンサートホールということもないだろうから……ないよね?


 たぶん中を見て回れば当たりにも行き着くと思うのだが……。


 まあ仕方ないな、とりあえずグルッとしよう。



「なんだこりゃ? 何処もかしこも同じじゃねえか……気色悪ぃな、人種はよお」



 いや全くもってその通り。


 動かし掛けた足を止めて、聞こえてきた声に神経を尖らせる。


 大丈夫……距離はある……あいつだ。


 二メートルを越える体躯はローブに包まれていて、しかし足を広げて辺りを睥睨している姿は、どう見てもならず者のそれ。


 闇の中にあっても関わっちゃいけない人物だと分かる。


 ヒヤリとした汗が流れるのにも構わず、いつでも逃げれるように――だが自然な動作を装ってあのアニマノイズを視界の端に収めた。


 あからさまな溜め息を吐き出し、首をゴキゴキと鳴らしてもう一度辺りを見渡すとつまらなさそうに言う。


「地形を覚えるも何もねえだろ。全部同じだ。……ったく、面倒な仕事だぜ」


 ……たぶんそれはそういう意味じゃないと思うよ?


 違いを覚えろ的なものだと思うんだけど……。


 ある程度辺りの景色を見渡すと……『さっぱりだ』とばかりに首を傾げて歩き始めた。


 早々に当たりを引いた俺は、運が良いんだか悪いんだか……。


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