第615話
所持金が半分以下になるというのに躊躇なく払われるお嬢様がマジお嬢様。
巨額とも思えるお金が入った際に、大半を貯金に回す者のことを庶民と呼ぶんだよ?!
つまり使う気は無かったねん……! 強いて言うなら『安心』を買ったとでもいいましょうか? ええ!
「安心しなさい。使ったのは名前も聞かないような男爵家の紋章だから。さすがに売り払ったら足が付くんでしょうけど、身分証明程度なら問題ないわ。裏を取られるとしても……少なくとも鯨とのゴタゴタが伝わらないうちは大丈夫でしょ」
そうじゃねえよ、そこじゃねえよ。
お一人様に付き金針が一本という破格のお宿は、お嬢様には許容内であるようで……今も、案内された部屋でのんびりと紅茶なんか嗜んでいらっしゃる。
ちょっとスケールが仕事するとばかりに広い部屋は、意味の分からない調度品や何故かあるビリヤード台のような遊戯台から豪奢な食卓まで……まさに至れり尽くせりな内装だ。
しかし納得出来るかと言えばまた別な話になるが……。
だって今お嬢様が腰掛けてるティーテーブルと別に食卓がある意味が分かんないもん。
つまり庶民には理解出来ない空間ってことだね? まだキャンセルは利きますか? 今から入れる保険はありますか?
部屋付きだというメイドさんを追い出してのティータイムにも疑問だよ……むしろメイドさんは残しておくべきなのでは?
メイドさんというだけで金針の大部分を取っているのでは?
昨日泊まった宿屋との宿泊費の落差に『何かがおかしいのだが……何がおかしいのか分からない』と混乱していると、フランが紅茶を飲み終えて口を開いた。
「問題はシェーナが何処に部屋を取ってるかよねぇ……。そもそもなんでこの街にいるのかしら?」
「そんなに変なのか? この街にいるのは……」
規模といい、この宿屋の豪華さといい……充分な都会に思えるんだけど?
以前リーゼンロッテが押さえてくれた宿屋も豪華ではあったがここまでではなかった。
その宿屋でさえ、うちの最寄りの街には無いランクだったというのに……。
この街の大きさを推して知るべしだろう。
それほど栄えているのだから、何処何処の玄関口的な立ち位置でもおかしくはないと思う。
例えるなら空港的な……。
しかし当然とばかりの表情で溜め息交じりにフランが言う。
「当たり前じゃない。こんな辺境に用事なんてないでしょ、普通。軍港なら南、イーストルードなら北にあるけど、ここは北に繋がってないから交易点としても半端なのよねぇ……そもそも所領に戻るのなら反対を進んでるわ」
へ、辺境……辺境ですか? 辺境なのね……ここ。
ここから色んな所に繋がる大ターミナル的な場所じゃなく……。
しかしそれは…………なるほど、確かに変だな。
俺達が密航していた船が予め露見でもしない限り、シェーナが陸伝いに東へと進むのには違和感がある。
そもそも陸伝いにこの街に訪れたとしても、北には繋がっていないというのだから……当初から俺達を追っていたわけでは無さそうである。
しかも地元でもないときた。
オマケに刺客としても放たれた筈のアニマノイズも一緒にいるというのだから……。
フランがその理由を知りたいと思うのも不思議じゃない。
「…………そもそもシェーナは味方なのか?」
「シェーナの家は私の家に仕えてるわ。それ以上でも以下でもないわよ」
ちょっと気になっていたことを恐る恐ると尋ねてみたのだが、問われる方のお嬢様としては『それが何か?』と平然としたもの。
……ええ? それはいくらなんでも薄情なのでは……――と思うのは平民故なのか?
だって年齢差的にも子供の頃からの知り合いでもあるんだろうし……フラン付きの騎士だって言うんなら、常日頃からの仕事は『フランの護衛』なんでしょ?
それを当主の命令だからって、急に命を狙ったり出来るもんなの……?
フランも僅かに信じられないところがあるからこそ、シェーナの跡をつけようなんて言い出したんじゃないの?
「…………なによ?」
「別に……あ。あの魔道具屋に用があったとか?」
「だから、こんな辺境の魔道具屋に用事なんてあるわけないでしょ? どちらかと言えば、ついでに寄ったって感じじゃないかしら?」
おう……どちらかと言えば、そのついでの用事には心当たりがあるね。
具体的にはお嬢様を拐かしたと思われる奴が着ていた衣服を調べるため、とかね?
まあ、品としてはありふれた物なんだろうけど……。
もしかしたら他の品と比べて少しばかり重いのが気になったのかもなぁ。
あれ、アイテムボックス的な機能に入れた物品の重さが足されるから。
持ってみると不自然に重たいローブだよね?
だとしても、アイテムボックス機能を発動させるためには誰かが丸二日ほどローブを着続けなくちゃいけないんだけど。
正確には魔力を吸われ続けなきゃいけない。
……まあ、ローブはいいでしょ? バレようがないし。
一先ずはフランのモヤモヤを晴らすべく、こちらも紅茶の残りを一息に飲み干して立ち上がった。
安心しろとばかりにフランに笑顔を向ける。
「まあ聞けば早いよ。とりあえずシェーナを拉致ってくればいいんだっけ?」
「……ねえ? どうしてそうなるの?」
だって自分、誘拐犯なもんで……。
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