第614話
人混みの中を進む都合上、馬車もそんなにはスピードを出せないのか歩いても付いていけるぐらいの速さで進んでいる。
それでも馬車が止まる程の速さでもない理由は、馬車の進行方向にいる人間が前もって避けるからだろう。
なんというモーゼ、赤信号で止まる的な意識なんだろうか?
そんな馬車の後ろだから割と歩きやすく、目立ってもいるので尾行には事欠かないという現状。
おまけに人混みに紛れてしまえば身を隠すのにも好都合。
まさに天の配剤。
人の流れに乗って歩けば自然と跡をつけることが可能だ。
馬車の後部に窓が無いことも幸いしたなぁ。
「何処に行くのかしら?」
前を歩くフランがボソリと呟いた。
北から下って歩く俺達とすれ違わなかった馬車は、南へ向かうかに思われたのだが……。
それとなく大通りを進んでいるものの、南門に向かっているわけではないようだ。
ゆっくりと日が落ちていく街に、人工の光が灯り始めた。
これまた都合良く身を隠せる環境に追い風を感じる――
が、しかし!
……わかってんだ、俺……こういう時に見つかるのがお約束だって。
我が身を振り返ることのできない人間は、するはともかくされることには及ばない。
読んでて良かった歴代の漫画コレクション。
魔力を強化魔法へと注ぎ、体の能力――感覚を強めて俺達を尾行する存在を探った。
しかし待てど暮せど見つからず。
…………やっぱり強化魔法の不調を直すのは急務だな。
これでも充分に人を越える感覚を手にすることが出来るのだが……そもそも化け物染みた人が多い異世界じゃ、俺の予想を越えてくる存在もしばしば。
本当にいないのか、見つけられないのかの判断がつかない。
馬車の中にいるアニマノイズとやらに気付かれているのかどうかも分からない。
せっかく手に入れた尾行者がいないというアドバンテージを失くす危険を冒してまで尾行を続けるべきか否か……。
生憎と子供の頃から生き死にが掛かった尾行ごっこをやったことがないからなぁ、潮時かどうかも分からない。
そうこうするうちに――――
絶えず周りを警戒していると、馬車が大きな建物が建つ敷地の方へと舵を切った。
教会…………か?
身長の何倍にも達する塀に囲まれた、西洋風に言うなら神殿染みた建物だが……鉄柵で仕切られた門の向こうへと渡る馬車は、何もポニテが乗る馬車だけではなかった。
僅かながら徒歩で門番らしき誰かに話し掛けて入っていく輩もいる。
……どういう場所なんだ? お家かな?
さすがに俺達が二の足を踏むのもしょうがないだろう。
だって追い掛けたらバレバレだろうし。
疑問に首を傾げる俺を他所に、フランがボソリと呟く。
「なんだ、宿屋じゃない……とりあえず一泊するみたいね」
「そりゃ、もう日も暮れる――」
待って? え、なんて? ちょっと俺の知ってるゲームと違う単語だったな?
これは『神殿』だよ『神殿』……生臭坊主とか宗教という名の金儲けに精を出す悪人の根城であって、テレテレテレテーンとかいう音楽に何百ゴールドも支払う場所じゃ…………同じ、だと?!
まあ内状はともかくとして見た目が違い過ぎる。
これが宿屋ならお城だって宿屋だろう。
その理屈だったらお城すら気軽に入れることになりますけどお?!
ゲームじゃないんだよ?! 現実とは違うんだよ?! もうしっかりしてよ!!
混乱する俺を他所に……広大な敷地を確保した塀の門へと注視していたフランが一歩を踏み出す。
思わず肩を掴んじゃったよね?
「待って」
「なによ? 見失っちゃうわよ?」
いやそんな不思議そうな顔されても。
こっちが間違ってんのかと思っちゃうじゃん。
「いいか? 我々庶民は回る『寿司』屋になら躊躇なく踏み込めるがしかし回ってないというだけで死を越える覚悟が必要になるんだ。具体的には懐事情とお亡くなりになる福沢さんに慮るんだ。そんな俺達――じゃなくて俺が、あんなぶっ飛びそうな所に入れると思うか? いいや無い。これは神様が警告を与えてくれてるんだよ……『引き返せ』って。従おう、な? それが神の意志だよ……」
「なに訳の分からないこと言ってるのよ。ほら、行くわよ?」
やだやだやだ! 無くなっちゃう! あれは絶対にお金が飛ぶ施設だよぉ?!
衛兵さーーーん! 衛兵さーーーん?! ここに嫌がる男を無理やり宿屋に連れ込もうとする婦女子がいまーーーす!! 止めて止めて?! 早く止めて?!!
必要ない時はいる癖に、必要な時は必ずいないという権力者の犬め! 女一人止められないのか? 俺の貞操なんてどうでもいいと言うのか?!
ワタワタする俺を引っ張りつつ、なんか高級そうな服に身を包む……とても門番とは思えない門番にフランが声を掛けられる。
門を通ろうとしているからね?
「ようこそいらっしゃいました。紹介状を宜しいでしょうか?」
なんと一見さんお断わりっぽい雰囲気である。
いやー、残念だなぁー、紹介状無いんじゃしょうがないねえー……ねえ?
「これでいいかしら?」
フランは、ポケットから指輪のようなものを取り出して見せている。
それは――――船から集めた装飾品の中でフランが確保していた一つであった。
てっきり年頃の少女よろしくアクセサリーに興味があるのかと思って見逃していたのに……これが裏切りッ――?!
戦慄する俺を気にすることなく、門番の人が指輪を確認して深く頭を下げた。
「失礼しました。ごゆっくりお寛ぎください」
それが出来れば苦労はねえんだよ。
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