第617話


 とりあえず尾けとく?


 居酒屋で頼む最初の一杯とばかりに足を踏み出すと――


 ピタリと足を止めたローブノイズ。


 クルリと振り向かれる前に、まるで最初からそっちが目的地だとばかりにドームの方へと進んだ。


 暗闇で更に距離がある……! 大丈夫、バレない……筈!


 真横へと刺さる視線に冷や汗が垂れる。


「……」


 何食わぬ顔でイチャつくカップルを盾にして視界から外れた。


「…………フン」


 しばらく歩いて、人を無制限に吸い込んでいるように見えるドームの入口付近に俺が達すると、荒々しい視線の圧力が消えた。


 あ…………っぶな?! 勘がいいなんてもんじゃねえぞ?! どうなってんだお前の警戒心は?! そんなんじゃ一生結婚出来ないぞ?


 一歩も一歩、なんならまだ踏み出す足が空中にあるのに勘付くとかおかしいだろ?!


 やはりチューハイ派の俺にとりあえず尾行とか無理だったんだ。


「……お客様?」


「あれ? おかしいな? 俺の連れは何処だろう……さっきまで隣りにいたのに。知らない? 絶世の美女かつ優しいんだけど」


 テクテクと一人で歩いてきた俺に声を掛けるボーイの表情は鎮痛なものだ。


 入場整理する従業員を誤魔化したかっただけなのに……。


「悪いね? 連れと合流したらまたくるよ。いや失敬失敬」


「……畏まりました」


 キップを切っているボーイに爽やかな笑顔をプレゼントとして手まで振ったというのに、その口元の引き攣りは隠せていなかった。


「……ふっ、完璧な擬態だ。どうやら異世界転生者らしくズルいチートところが出ちゃったかな?」


 だから目尻の水滴も演技演技。


 既に闇の中に消えた刺客ノイズだが……ナメてもらっちゃ困る。


 こちとら異世界転生者なのだ。


 あんまり使用する機会がない魔力が見える瞳で、暗闇に魔力で光るアニマノイズを…………。


 あれ? 魔力が溢れてなくない?


 ……そういえば益荒男もビックリの脳筋さんでしたね?


 どういうことなのか、持ち前の筋肉が既に両強化魔法の三倍クラスに強いというチートキャラだった。


 これは……もう無理なのでは?


 …………俺、頑張ったよ、って言って素直に頭を下げる勇気も時に大切なのかもしれない。


 色が黒に変わっていたローブノイズが佇んでいた当たりまで来た。


 だからといって何か見つかるわけでは――――


 僅かに漏れる魔力の残滓。


 が綺麗に刈り取られた芝生で光っていた。


 なるほど……同類のみに僅かに香るってやつかな?


 いやそんな訳無くないか? 確かフランは……――使と言ってなかったか?


 だとしたら…………これは誰のだ?


 魔法の痕跡は時間経過で溶けて消える。


 本当に僅かしかないこの魔力が、別の誰かの魔法によるものとは思えなかった。


 アニマノイズは祝福されてない云々はどうしたんだよ?


 なんとなく気になって、あのアニマノイズが消えていった先へと歩を進めた。


 すると点々……というには数が少ないが、似たような痕跡がドームの裏手へと続いていた。


 これを残しているのがあのローブの奴なら、一体どんな魔法を使っているんだろうか?


 好奇心よろしく綺麗に剪定された林の中を行く。


 ……適当なところで帰らないとなぁ、下手に鉢合わせしたら面倒なことに――――



「勝手に馬車から降りるな! 大人しく乗ってろと何度言ったら分かるんだ?!」



 目標を確認。


 咄嗟にしゃがみ込んで茂みの中に身を隠す。


 い、意外と近かったんだね……? てっきり立体駐車場まで続いてるもんだとばかり……。


 切り揃えられた林……もしかして遊歩道? をローブ姿のアニマノイズが二人とシェーナが歩いている。


 大きい方のローブがピクリと反応してこちらへ顔を向ける。


「おい、今あそこに誰かいたぞ?」


 だから……! お前、どんな感度してんねん!


 向けられた視線に息を飲んでいると、シェーナが言う。


「ここは……! 恋人同士が歩く、スポットなんだ。下手な勘繰りはやめておけ」


「あ〜……お楽しみ中なわけか。どれどれ?」


 そんなに楽しくないよ?! いやほんとほんと!


 結局バレるのかと足に力を入れると、ズバッ――という空気を斬り裂く音が響いた。


 こっちじゃない。


「――止めろというのが聞こえないのか?」


 細剣を抜いたシェーナが剣を振り切った姿で立っている。


 その少し先には……フードの部分が切れて、やはり見たことのある鬣男が嬉しそうな表情で立っていた。


「……面白え」


 あわや一触即発の事態を、小さいローブの奴が止めた。


「遊ぶんじゃない。仕事が予定よりも遅れてるんだ、これ以上余計な手間を増やすな。アンタもだ。俺達の依頼人はアンタじゃない。俺達は依頼人の意向通りに動いている。気に食わないというのなら直接依頼人に言ってくれ」


「…………チッ」


「…………失礼した」


 互いに鉾を収めた二人に、溜め息を漏らした小さいローブが更に言葉を重ねる。


「色々と状況が変わってきている。俺達は依頼の確認、アンタはその真偽。互いの問い合わせのためにも依頼人の所へ案内してくれ」


「……こっちだ」


 明らかに渋々といった様子で、シェーナが先頭に立って歩く。


 月が陰る茂みの中で、三人の足音が遠ざるのを聞きながら小さいローブの言葉に驚いていた。


 …………依頼人?


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