第604話 *アン視点


「なんだろう? あれ……。他の部隊かな?」


 一日明けて。


 結局あたしとテトが一緒のベッドで眠ることになった昨夜、ターナーは怖いもの知らずにも枕元に精霊様を置いて入眠した。


 過去に何度も教会へ角材一本で乱入したことがあるから、どうも神様をあまり敬ってないようなのは知っていたけど……。


 まさか精霊様も怖くない――なんてことは……いくらターナーでも無い…………よね?


 村で一緒にお昼寝することもあった精霊様だけど、それは精霊様を精霊様と認識しないから出来たことであって、その存在を知った今ならそれ相応の態度というものがあるだろう。


 あたしもお腹に乗っけて眠ったことあるけど――


 それはそれよ。


 具体的には――精霊様の体に顔を埋めるのとかやめてほしい、ってこと!


 ほんと、心臓止まるから?!


 しかしそんなターナーの暴虐っぷりにも精霊様がお怒りを落とすようなことはなく、静かで穏やかな夜を過ごせた。


 やっぱり精霊様は精霊様だけあって御心も深いのか、ターナーの不埒な行いにも特に反感のようなものは――……よく考えて見ると顔顰めてたよね? 今まで気付かなかったけど、精霊様って表情の作り方が人っぽい……。


 まあともかく、表面上は穏やかに過ごせた。


 しかし、それもどうやらあたしだけだったみたいで……。


 いつもの習慣で夜明けと共に起きたあたしが見たのは、精霊様とテトとターナーが一緒に寝ているベッドだった。


 …………テト、いつの間に移動したんだろ?


 たぶん夜中にトイレにでも起きてベッドを間違えたんだろうテトはともかく、一度寝てしまうと中々起きて来ないターナーの習性も相まって……真夏だというのにギュウギュウにひしめき合って寝ていた。


 眉間の皺を思えば二人とも寝苦しい思いをしてるに違いない。


 ……なのにターナーに抱き着いて離れないテトも大概なら、絶対に起きて来ないターナーも大概だろう。


 巻き込まれたのか、間に挟まれたミィ様は……暑さではなく普通に苦しそうだった。


 一先ず涼を取ってあげようと部屋の窓を開けたところで――――



 地平線付近で大量に動く人影を発見した。



 近さから考えても、この砦が無関係とも思えない。


 揃いの鎧に、揃いの装備。


 どこかの軍であるのは間違いないみたいだけど、それが何処かは分からない。


 少なくともあたし達の領やとも違うみたいだ。


 知らない型の鎧に装備だから。


 目を凝らして、その軍勢の動きを観察する。


 いつからそこにいるのか……しかし進軍している様子の無い軍勢は、南西の街道に陣取るように展開中のようだった。


 あそこら辺でキャンプする理由は分かる……たぶん水の便がいいからだろう。


 北から南へとウェギアの街の東を流れていた川は、ここから北の森で西へと折れている。


 ちょうど辿って来た街道の『く』の折れ曲がる所辺りで交差していて、あたし達も越えて来たところだ。


 そこからまた西ではなく南へと伸びていたから、あそこ辺りなら水を楽に得れる。


 キャンプするなら問題ない場所だ。


 しかし――――


 …………なんでここまで来ないのかな? ……部屋が足りないとか?


 視線を動かして西門の内側を見下ろすと、直ぐに動けるようになのか部屋数が足りていないのか、テントの群れが見えた。


 感じ慣れた気配を幾つも感じるので、あの中に徴兵された村の人達がいるんだろう。


 マッシみっけ…………テッドがいないね?


 仕事中かな?


 もしくは……他に回されたかだ。


 テッドはドゥブルお爺さん仕込みの火魔法が使えるし、部署が変わったとしても変ではない。


 それか…………やっぱり部屋の数が足りてないのかも? だったら、別の所にテントを張ってる可能性もあるよね。


 どこかにテッドがいないかと、見える範囲を所構わず見回したのだが……一番感じ慣れた気配を感じ取ることは出来なかった。


 代わりといってはなんだけど、朝から働く人――活発に動いている人達の気配は感じ取れた。


 ゆるゆると門番や見張りをしている人、素早く一直線に動く人、そして――――……。


 うわ、怪しっ?!


 隠れ鬼をするレンのような動きだ。


 でもここは戦争を待つ砦で、しかも厳戒態勢というじゃないか。


 まさか遊んでるわけじゃないよね?


 より強く感じ取るために、神経を集中させながら身を乗り出して気配を探った。


 ――――いる、間違いなく。


 歩哨や物資の輸送をしている兵士を避けるように砦内の物陰や景観のために植えられている木々の陰を移動している気配をジッと見つめる。


 かなり強いよ、この人……感じ取れるけど、見つけられないもん。


 ともすれば気配すら希薄で……テッドを探そうと思わなければ見つけられなかったかもしれないぐらいに薄い。


 当然と言えば当然だが、微かに感じ取れていた気配が遠ざかっていく。


 このままじゃ見失ってしまう。


 一度だけ部屋の中を振り返ったが、そこには未だに眉間に皺を寄せて寝ている幼馴染の姿があるだけだった。


 ええと……よし。


「ちょっと行ってくる!」


 聞こえているかどうかは分からないけど、二人に一言言い残して――――そのまま部屋の窓から身を躍らせた。


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