第603話 *第三者視点


「意外と危うかったのう……タイミングは全てギリギじゃ。ディラン伯爵には感謝せねばなるまい。僅か半日遅れるだけで国の命運は尽きておった」


 天檻関所――通称『天獄』の会議室。


 本来なら各将を呼んで軍議が開かれる円卓には、今は四名の姿しかなかった。


 まず副官こと暫定総司令官となる、この城砦の最高権力者が一人。


 情報の擦り合わせをするためにと援軍としてやって来た軍勢の最高責任者を求めた。


 そのため招集に応じたのは三名となる。


 貴き光の恩寵騎士団ルミナスの団長兼、国王陛下直属の王国最高戦力『七剣』の一人。


 リーゼンロッテ・アンネ・クライン。


 ディラン伯爵領が俊英、ダンジョン踏破者として名を連ねることになった現ディラン領軍中将。


 バーゼル・ワイネマン。


 そして――――


 白銀の髪に紫の瞳。


 四人の中で一目にも若いと思われる容貌なのに、四人の中で最も威風を漂わせる少女。


 ヴィアトリーチェ・アルサルス・ジ・ラグウォルク。


 恐らくだが『武』を比べるのなら少女である筈なのに……。


 時代が生んだ覇者を両隣に置いても見劣りはしなかった――


 いや、それ以上に頭を下げてしまいかねない圧が、少女からは感じられた。


 故に……上で開かれたこの軍議も、少女の――ヴィアトリーチェの一言から始まった。


 そう、これは


 冒頭に放たれたヴィアトリーチェの言葉に、副官が切り込む。


「それで……跳ね橋を上げた理由を、いえ……西を拒む理由をお教え願えますか、姫殿下?」


「ふふふ……な〜に、お主の懸念は正しいということじゃ。疑っておるのじゃろう? 王族を」


 ヴィアトリーチェの言葉に成り行きを見守っていたリーゼンロッテとバーゼルがピクリと反応する。


「いいえ、疑うというのは些か過激に過ぎます。私が求めているのは、あくまで説明です」


 何言おう王族から告げられた言葉に、さすがの副官も焦りを持って否定した。


 しかし――


「構わぬ。というより、兄上の動きが妾のであるのならもはや弁解は叶わぬ。国賊そのものじゃ。これはクーデター革命に近いと心得よ」


「ク……!」


「……ヴィアトリーチェ様? 初耳ですよ」


「……」


 三者三様に驚きを見せる各軍の責任者に、しかしヴィアトリーチェは飄々と続ける。


「貴族の所領へのちょっかいや、妾の命を狙うなら、まだ王権争いの範疇であったんじゃがの。誰ぞ入れ知恵でもしたのか、これは後継者争いの域を越えておる。王位そのものを狙った行動じゃ」


「…………姫殿下、私には何が何やら……」


「もっと単純に考えよ。これだけの城砦で、今までの歴史を鑑みるに、暗殺の手引きをしたのは内部犯……つまり内通があったのは周知じゃ。そして、それを最も容易く行えるのは王族――なんせ王領じゃ、他の貴族が噛んでいたとしても伝わっていないなど考えられまい? いずれかの王族が関係しておることは間違いないじゃろう。ここまで辿り着いておるのなら、あとは理由だけじゃな」


「理由……」


 呟いて、副官は自らの主が殺された理由に思いを巡らせる。


 それは直ぐに思い至れた。


「それなら――邪魔だったからでしょう? 七剣の……いいえ、『獄炎剣』はこの城砦に適した武器でしたので……」


「そうじゃの。七剣は『使い手を剣が選ぶ』という面倒な条件がある……故に、一度使い手を失うと再び機能するのに時間を要する。むしろ初代……建国王がいた時代以外で七剣が揃っておる今の方が珍しいぐらいじゃ」


「それは……しかし」


 チラリと副官の視線が若くして七剣に叙されたリーゼンロッテへと飛ぶ。


 それにリーゼンロッテが頷く。


「そうですね、私のように他の七剣代わりがその穴を埋めたでしょう。……そもそも『火』の聖剣は、最も使い手が途切れないことで有名な聖剣です。それは不落の砦に守護を言い付かるという理由もあるのでしょうが……」


 遠回しに『意味が無いのでは?』と言うリーゼンロッテにヴィアトリーチェが言葉を続ける。


「僅かな期間で良い。を通す間だけでの。各七剣の所在や時期も考えられておる。唯一誤算であったのは、リーゼちゃんの遺跡の監督役ぐらいじゃろう。陥落は……静かに素早く行われる筈じゃった。妾と――ディラン伯爵が読んで無ければ、じゃがの?」


 意味深に向けられた視線は、ディラン領軍を束ねるバーゼルへのものだ。


 その視線に応えるかのようにバーゼルは頷くと、重々しげに口を開いた。


「確かに、ち……伯爵は戦争の用意をしていた。遺跡の探索という名分を隠れ蓑にしてな。俺に詳しい情報は与えられていないのだが……『国土を蹂躪せんとするなら誰であろうと殺せ』と言われて来ている。……帝国のことだと思っていたのだが……」


「ふむ。伯爵が勘付くのは不思議ではない。なんせ情報伝達の封鎖が行われている筈じゃからの。こればかりは他領……いや王都に伝えられるわけにはいくまい」


「……確かに、援軍要請に対する受領の返事はありませんでした。そして南西からの『援軍だ』と言って来ている軍勢は……国軍ではありません」


「使者は?」


「既に出しています。国軍以外を……いえ国軍と七剣様以外を受け入れる気は無かったので……」


「うむ。で、あるのなら……妾の言葉は少し信用に足りんじゃろう。再度の軍議はそれを確かめてからでも構うまい」


「確かめる……とは?」


 疑問を顔に浮かべる副官に、ヴィアトリーチェは自信ありげに笑う。


「使者の返礼をじゃ。受け入れる気はないと伝えたのじゃろう? 妾の言葉が確かなら……そやつらは構わずに進む。殿が納得するまで、妾達も少し休むとしよう。妾はともかく、軍や騎士団は強行軍で少し疲弊しておるじゃろうからのう」


 この言葉に、副官は微妙に信じがたい思いでいた。


 しかし半日。


 断りの返事を入れた筈の国内の軍が、見張り塔からでも確認出来るに至り――――副官は慌てて再度の軍議を要請した。


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