第602話 *アン視点
降ろされた跳ね橋で深い堀を越えて城砦へと入った。
戦争も二度目となるとこの急がしさにも慣れてきたのか、あれよあれよと出される指示にも躊躇いなく従える。
割と色々やることあるよね?
食べて、寝て、敵に備える……ってだけじゃないのは、最初に戦争に参加した時に学んだこと。
いや、でもそれが全部だと思うでしょ?
意外なことに慣れてる冒険者や民兵もいて、当時も今も困るようなことは無かったんだけど……戸惑うのはどうしても仕方ない。
だってあたし達が思う戦争の準備と違うもん。
病気の有無とか古傷の具合とか聞かれたりする。
…………必要か? ――――って思ってるんだろうなあ。
困惑するように『どう答えたらいいんだ?』と迷っている――たぶん戦争初参加の徴兵を横目に、あたし達は居館へと案内された。
わかるわかる……下手な答えだと『殺されちゃうんじゃないの?』って不安になっちゃうもんね。
あたし達……って言っても、あたしとテトとターナーの三人……それに精霊様を含む、全員で四名だけだけど。
やっぱり軍属じゃないってことと、リーゼンロッテ様が随行に難色を示していたこともあって扱いが違うんだろう。
まあ割り振られる仕事が無いってのはいいよね?
今頃テッドやマッシはめちゃくちゃ重たい荷物を運んでるんだろうなぁ〜。
そう考えるとちょっと得したような、悪いような……。
「えい」
部屋の中央で考え事をしていたら、疲れていたのか……テトがベッドの一つに飛び込んだ。
部屋はベッドが二つとテーブルが一つだけある単純なものだった。
あたしが寝かされていた部屋を考えるとこっちのほうが落ち着くまである。
というか――――
「なんか似てるねー?」
グリグリと顔をシーツに擦り付けているテトが、ちょうどあたしも考えていたことを口にした。
「……うん。なんか……チャノスの所の小屋みたい、だよね?」
ベッドとベッドの間にテーブルが置かれているところとか、椅子が無いところとか。
定期的な掃除をしているのか、割と綺麗なところなんかも似ている……というか、そう思っちゃうってだけで、全然違う場所なんだけど……。
窓を開けば、ここが結構高い所だって分かるように。
……ただ単純に村が恋しくなってるだけなのかも?
面白がってなのか、ターナーが反対側のベッドに腰掛けるのもいつも通り――
「いや待って。ターナーはどう考えてもテトと同じベッドでしょ? 体の大きさを考えて欲しいよ?! いくらなんでもあたしが誰かとペアになるのは……!」
ベッドはそんなに大きくないじゃん!
ターナーの頭の上に乗っていた精霊様は、我関せずとテコテコと枕元まで歩き、ようやくゆっくり出来るとばかりに欠伸を一つ漏らして丸まった。
……なんか、精霊様だって意識してるからなのかな? 変に人間っぽいというか……これが精霊様なのか! ……って驚いちゃう。
でもさすがに精霊様を動かすわけには行かないから……テトにベッドを移って貰った方が早いのかな?
チラリとテトに視線を移せば、今度はベッドを隅々まで確認するようにコロコロと転がっていた。
……間違いない、『匂い着け』をやっている。
あたし達――村の女の子には割と理解があるけど、テトは自分の気にいった物や人……もしくは自分の居場所に対して、ああいう動物っぽいことをする。
テトの有識者を自任するレンなんかには言っても聞かなかったけど……テトはどちらかと言えば奔放寄りだよね?
見た目にはお淑やかで、それこそ良家の子女っぽいし、「天使! 天使!!」とうるさい狂信者まで居るけど、そういう一切を抜いたら『テッドの妹だなぁ……』って思うところがある。
本当に……今も困ってるあたしを見て二人して楽しんでるところとかね?
テトも最初は悪戯する意識は無かったと思うけど、ターナーが精霊様の行動を読んで打算的にベッドに腰掛けたのに対して乗ったのは分かる。
――分かるんだからね? 付き合いも長いし、レンじゃあるまいし。
誤魔化されたりしないから!
「もうー! あとでちゃんとベッド分けするからね?!」
「「……」」
返事を返さない二人を置いて、ズンズンと部屋の真ん中を横切ると空気の入れ替えをするために窓を開けた。
居館は西門――あたし達が入ってきた門の近くに建てられていて、この部屋が結構な高さにあるからか、降りている跳ね橋が見下ろせた。
「…………あれ?」
その跳ね橋が――――スルスルと上がっていく。
跳ね橋の外……つまり城砦の外に取り残された軍はいないみたいだけど…………閉めちゃうの?
反対側――帝国領に敵勢がいるって言うのは聞いてるけど……。
こっちの跳ね橋は降ろしておいても問題無いんじゃないかなぁ?
囲まれるような砦でもないし、いざとなったら逃げたり援軍を入れたりするのに時間が掛からないように……って思うのは、素人考えってやつなのかなぁ?
あ……そうだ、ターナーも言ってたけど補給はどうするんだろ? テッド達が街を行き来する間は、ずっと上げたり降ろしたりするの? うわ、大変そう。
不思議に思うあたしを他所に、跳ね橋は大きな音と共に城砦を固く閉ざした。
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