第601話 *第三者視点
副官室で悩み続ける
僅かな迷いを含ませつつも副官が伝令に問う。
「……何処の所属だ?」
待ち望んだであろう吉報を早く届けんとしたのか、息の上がっていた伝令が、それでも勢いよく答える。
「ハッ! ディラン領軍だと思われます! ディラン領騎士団が同行され――」
「追い返せ」
「ハッ! ……あ、いえ……総司令官殿?」
「今、国軍以外をこの砦に入れるわけにはいかん」
防衛戦力に不安のある今、副官としても増援は喉から手が出る程に欲しかった。
しかし援軍要請が受理されてもいないのに駆け付けた貴族家の領軍など、『怪しい』以外の何者でもなく――
張り巡らされた謀略に抵抗せんとする副官が援軍の申し出を跳ね除けるのも、また当然であった。
今まさに欲している――――だからこそ危うい。
また、近い領地だとしても早過ぎる援軍に、副官が
誰が読み切れるというのか?
七剣の一人……
それでも落胆を感じてしまう不条理を副官が胸の内へと納めていると、援軍の報せを届けにきた伝令が続けた。
「ご安心ください、総司令官殿」
「何をだ?」
やや噛み付くように言葉が荒くなる副官に、伝令はしかし喜色を浮かべる。
「
「…………なんと。神は我々を見捨てなかったか……いや……」
砦内部の混乱や帝国の圧力に忘れていたが、副官は貴き光の恩寵騎士団がディラン領で発見された遺跡の監督役として派遣されたことを覚えていた。
如何に貴重な遺跡とあれど、国内の最高戦力の一つを監督に付ける程なのかと副官は疑問に思っていたのだが……。
今回のような事態を見越していたのだとすれば――――
「そうか……陛下の差配という可能性も……」
口の中だけで呟いた副官が考えを纏めるように顔を伏せる。
副官は王族こそキナ臭いと感じていた。
七剣を暗殺出来るだけの実力者を抱え、王政府直轄である砦に送り込めるだけの人物。
普通に考えるのなら王族だろう。
であるならば繋がりを持つ貴族も怪しくなる。
他領の騎士団または領軍を頼ることなど以ての外であった。
しかし国軍となれば、紐付くのは王族ではなく国王陛下――言わば砦を守る戦力と同陣営だ。
結局のところ頼れるのは、最も信頼を置けるであろう国軍か国王陛下の直属である七剣だろう。
共に来たというディラン領軍も、後継者派閥で言えば中立……無派閥であったことを副官は思い出していた。
となると……ディランは味方か?
王族間の問題を抱えた現国王陛下が、密命を与えた七剣の一人を近くに待機させていた――――?
面白いように辻褄が合う出来事に、副官は一本の繋がりが出来たように感じていた。
そこまで考えたところで、副官は伏せていた顔を上げて言う。
「すまない、先程の命令を撤回する。援軍を受け入れろ。次いで会談の準備だ。情報の擦り合わせをしなければなるまい」
「ハッ! 早急に準備を終わらせましょう! 本官はこれにて失礼致します!」
行きと同じぐらいの速さで飛び出て行く、実は古い知り合いでもある伝令を見届けた後……副官は久しぶりに詰めた息を吐き出して会談の用意を始めた。
天檻関所の収容人数は三万を越える程の余裕があるが、常から入っている戦力は五千程である。
国運を担う砦にしては少なく思えるその戦力にもちゃんとした理由があった。
攻めるに難く守るに易いこの城砦は、攻め手の方向と範囲が限定されていることもあって、打って出るならともかく籠城するだけならそれ程の戦力を必要としていなかった。
また籠城といっても、それは帝国側の門を閉めることを指すのであって……国内側、つまり自国に対しては門を開け放ったままでも構わなかった。
なにせ回り込まれるということが無いのだから。
無論、補給に関しても同じことが言える。
近くにある三領から物資も人員も、戦時であれ引っ張ってこれるという強みがあった。
帝国側を一望出来る城砦の有利は、相手にする人員や規模を見通せることもあり、たとえ持久戦を挑まれたところで負ける要素は無く……。
本来なら今回のような大規模侵攻であっても問題とならない可能性の方が高かった。
群がる軍勢を一蹴可能な
しかし暗殺犯を逃がさんとしたことで人の流出――ひいては物資の搬入も止めさせられ、追加される人員も選ばなければならず……。
しかも国元に要請した援軍は何故か返事すら届かず沈黙を保ち……未だ以って見つからない暗殺犯の存在が砦の不協和音となりつつあった。
そんな破滅すら仄見える緊張感漂う天檻関所で、自国側の見張り棟が俄に沸き立っていた。
軍勢では利かない……万にも及ぶ大軍勢が城砦へと押し寄せて来ているからだ。
自国側なのだ。
たとえ暗殺の関係で国内側であろうと疑わなければならずとも、それを援軍と思う心は止められない。
数は力だ。
恐らくは万は下らないだろうという兵力が、途切れることなく北西の道を占めていた。
しかも先頭には――――見目麗しい白銀の鎧を纏い、白馬に跨がる女騎士。
伝説にある聖剣の次の担い手だと噂に名高い七剣の一人――
リーゼンロッテ・アンネ・クラインが、そこにいた。
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