第605話 *アン視点
……ちょっと高かったかも?
バタバタと浮かび上がりそうになるスカートを押さえつけて、下の階にある窓の縁を足場に減速する。
「――ッ?!!」
「ごめんなさい!」
あたしと同じように早起きをしたのか、ちょうど窓を開ける途中だった男の人を片手で拝むようにしながら擦れ違う。
……見られてないよね?
気になるのなら着替えてから行けば良かったのかもしれないけど、出された着替えが全部スカートだったから他に選択肢が無かったのだ。
でもリーゼンロッテ様だって私服はスカートだし、借りてる立場なのに文句を言うのも違う思ったから……!
こんなことならズボンがあるかどうか聞けば良かった。
トントントンと足場に負荷を掛けないように軽い音を響かせて、クルクルと体を回転させながら地面を目指す。
なるべくスカートが捲れ上がることを抑えた動きを心掛けると、自然と体を回すように降りることになった。
でもお陰で足音も軽く地面へと降りれた。
着地と同時に、最近肩口まで伸びた髪が広がる。
少し長くなってきたなぁ……いいタイミングでまた髪を切らなきゃ。
冒険者稼業をやっていると、どうしても髪の長さが邪魔になることがあるので仕方ないと言えば仕方ない。
元々短い髪が動きやすくて好きなので問題ないけど、ケニアやリーゼンロッテ様のように長くしてみたいと思うこともある。
テッドはどっちが好きかな――
取り留めのない考えを過ぎらせつつも、意識は遠ざかる気配に集中していた。
だからなのか――――目の前で目を丸くする歩哨の人に気付くのが遅れ、浮かべた愛想笑いも引き攣ったものになった。
「あ、あはは〜……か、階段で降りるのが面倒でぇ…………し、失礼します……!」
あ、呆れられちゃったかな? なんか口開けたまま固まってたし……。
追い掛ける理由とはまた違った意味で足を速める。
砦の向こう――帝国側から昇った朝日が夜を払拭しつつあるけど、建物の影が掛かっているせいか、砦の中はまだ暗かった。
影と死角を縫うように進む怪しげな気配……まだ怪しいと決まったわけじゃないけど、暗殺騒ぎなんてものがあった砦なのだから警戒し過ぎて損は無い。
…………これで内偵してる誰かとかだったら、謝って許してくれるかなあ。
下手に騒ぎにしたくなかったのは『間違ってるかも?』という疑心故にだ。
なにより騒ぐだけ騒いで逃げられたら元も子もないしね……!
出来ることなら先に身柄を確保したかった。
しかしスルスルと未だ闇に包まれる砦内部を進む気配に分かったこともある。
――――この人、この砦の中を知ってる……。
昨日今日が初めてだというディラン領軍やあたし達じゃ、ここまで砦の内部構造に詳しくはないだろう。
そのうえで門を閉ざして暫くは人の出入りも無いという話なのだから……。
やっぱり怪しい!
確信を深めると共に速度を上げた。
走り続けるのは得意なんだから!
村じゃ今より子供の頃から誰よりも長く走れたのだ――
よもや体力で負ける気はしない。
追い掛けられていることに気付いたのか、先程から気配の主の速度が上がっているのだが……そこは追う側の有利。
徐々に縮まる距離に捕える未来を夢想出来た。
いける、このまま追えば追い付ける。
「む!」
幾度行く先を修正しようとも真っ直ぐ追い掛けてくるあたしに辟易したのか、気配を追って曲がり角を曲がった先は行き止まりで――
――闇に紛れるような黒いローブを纏った誰かが、その高い壁を越えて向こう側に降りていくところだった。
「ローブの趣味が悪い!」
絶対怪しい奴ッ!
もはや確定事項のように捕まえることにしたローブを追い掛けるため、更に速度を上げて踏み込んだ。
勢いのままに壁を駆け上がり、体が落ちる前に壁を蹴って上まで登った。
「――見つけたよ! 逃さないんだから!」
思わず叫んだ先に、呆れたように嘆息する黒いローブの誰かがいた。
もう直ぐそこだ!
再び体を宙に躍らせて黒ローブの怪しい奴との距離を詰める。
やはりここも結構な高さがあったので、壁から垂れているロープを落下の最中に握り、減速に利用して降りた。
恐らく登るのにもロープを使ったんだろう。
良かった、子供の頃に壁の駆け上がり方を見てて。
お陰で怪しい奴との距離も縮まった。
中庭のような場所へ落ちる。
ローブの奴が逃げ込んだのは、その中庭を真ん中で割っている廻廊のような場所だ。
「今更隠れたって!」
柱の陰に体を隠すローブの奴に正面から近付き――――
差してきた朝日に反射する何かを、直前で屈んで躱した。
間に合わなかった頭髪が数本、綺麗に切り取られる。
ま――――ほう?!
いや違う。
なんか細くて透明な……糸みたいなのが張られてる!
あたしが一直線に追い掛けてくることを逆手に取った罠だったのだろう。
「……躱すか。そこで手傷を負っていれば手間も無かったのだがな……」
身を潜めていた……正確には罠を仕掛けるために敢えて身を隠していた柱の陰から、黒いローブを身に纏った怪しい奴が出てくる。
……もう間違いなく敵だよね?
隠すことのなくなった威圧感は、それこそ戦場であった強敵のそれと酷似していた。
やっぱり強い……――油断出来ない。
精神を研ぎ澄ましながら装備を確認するように腰へと手を伸ばし…………スカスカと何も掴まない手を――握り込んで、前に突き出した。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ?! 武器持ってなああああああああああああああああああああああいッ?!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます