第590話


 風に流れてくる焼けた臭いが猿共への被害を教えてくれる。


 この熱波は…………火晶石か?


 しかし取り扱いが難しく、いざという時に投げて使うと思われていた『火』の魔晶石を、こっちじゃ随分と実戦的に運用しているようである……。


 投げたわけではない。


 見逃してもいないので、連射されるボーガンの矢に括り付けていたようにも思えない。


 とすると……まさか遠隔起動式の地雷――――?


 猿共が渡河するポイントに埋めていたのか?


 いくらなんでもそんな勿体ない使い方はしないだろう……?


 接敵を想定していたとはいえ、元より猿共と戦うつもりは無かった筈である。


 それはこちらが風下で、この冒険者達が臭いを消すために川を渡ったことからも明らかだ。


 明らかに、魔物を巻こうとしている。


 ……まあ、待ち受けていた可能性もあるけど。


 今の爆発の規模は凄まじく、猿の三十匹前後――川の中腹に辿り着いていた分は吹き飛ばされていたのだから。


 奴らの言う『二十匹』が本当なら、これで一網打尽にしようとしていたことにも頷ける。


 マジで何したんだろ? スゲーな、帝国冒険者。


 しかし――――現実は無情であるとでも言えばいいのか……。


 噴き上がった水柱が収まると、細かく飛散する水煙の向こうに爆発前と変わらぬ景色が存在していた。


 しかも三十匹前後には喰らわしてやれたと思う爆発も、何匹か……腕やら足やらを欠損させた猿が水中から向こう岸へと戻っていくのが見えたのだから驚きだ。


 どうやら確定で死んだわけじゃないらしい。


 本来なら歩くこともままならない怪我である筈なのだが、さすがの四本腕は欠損分を補って素早く動くことすら可能にしていた。


 更には牙を剥き出しにして、些かも戦意を損なっていないこともアピールしてくる。


 化け物かな?


 そりゃこいつらが二十匹も群れてたら逃げるよ。


 今の攻防からも猿の頑丈さは明らかなわけで……。


 というかその諦めないド根性に完敗だ。


 どっから湧いてくるの、その闘志……というか殺意は。


 ケーッ! だの、キキャーッ! だの奇声を上げる猿共は、仲間が吹き飛ばされたばかりだというのにやる気充分で地団駄を踏んでいる。


 なんなら怪我を負った猿も踏んでいるのだから恐ろしい。


 なるほど、魔物だね、わかり合えないや……。


「レリュード! どうする?! 全く数が減った気がしないぞ?!」


 赤髪が先頭に居る茶髪に声を掛けた。


 射程から外れたのか、連射式のボーガンを構えたままである。


 あっちはあっちで今の爆発を警戒しているのか、再びの渡河に躊躇しているようだ。


 僅かな睨み合いは、しかし茶髪の冒険者が返事に迷っている間に終わりを告げた。


 このまま攻撃を繰り返して相手に撤退を強いるか、なんとしても相手を殺すべく距離を詰めるか――といった姿勢の違いが表れたのかもしれない。


 動いたのは勿論、積極性に猛る猿共だ。


 二匹の猿が、まだ怪我をしていない一匹の猿の両側に付くと…………その増した両手で持って猿をこちらにぶん投げ始めたのだ。


 これは――――届くぞ?!


 原因を川の底と定めたのか、それとも渡河する速さを取ったのか、これは次の手に躊躇する冒険者達の度肝を抜いた。


「――なっ?! う、撃て撃て! 撃ち落とせ! ヴァリアント共をこちらに近寄らせるな!!」


 どうやら膂力の方も大したものであるらしい。


 結構な勢いで飛んでくる砲弾と化した猿共は、傍目にも重量感に富んでいて……いくら矢が刺さろうとも墜落する気配はなかった。


 人力で投石機みたいなことするなよ。


 ――――まあ、リーダーが撃てと言うなら撃ちましょう。


 これだけはむしろ以前よりも調子がいいように思える魔力の練り上げを、一瞬というには時間で終わらせた。


 噴き上がる魔力が魔法へと換算される。


 イメージが脳裏に描かれる前に、魔法が現実へと現れた。


 巌のように体を丸めたり、逆に両手を駆使して矢を払い落とす空中の猿共に、無数に顕現させた風の刃をお見舞いする。


 斬り刻まれた猿共の血が川へと落ちた。


 しかし猿共は皮膚まで固いのか、首を一撃で切り落とした猿はともかくとして、急所を守るように体を丸めた猿を絶命させるには及ばないようである。


 ならば更にと強風のオマケまでつけた。


 風下であるというのに吹き荒れた暴風が、川を飛び越さんとしていた猿共を――まるで壁に跳ね返されたかのように対岸へと押し返す。


 数多舞う血も、千切れ飛ぶ首も脚も、岩のように丸まったままの猿共の体も、全てが対岸に降る雨となって向こう岸に落ちた。


 驚愕に静まり返る空間を、どす黒い怨嗟を孕んだ視線が貫く。


 余りにも不自然な風に、原因がこちらであると断定した猿共の視線だった。


 なんという言い掛かりだろうか?


 風なんて自然の賜物なんだから、急に吹く時もあれば止まる時もあるよ……やれやれこれだから野生は。


 しかし幸運では片付けられない現象に、陣地を同じくする冒険者達の驚愕の視線も俺に向けられる。


 うん、まあそうだよね。


 さてと……。


 首をゴキゴキと鳴らしながら立ち上がると、猿共から目を離して驚いている冒険者達に言った。


「今から向こうで暴れ回ってくるので、あいつらをこっち側に近寄らせないよう、お願い出来ますか?」


 協力しよう、協力。


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