第589話


 百……二百……なんなん? なんのシンクロ率なんこれ?


 対岸に並んだ獣臭香る猿共は、見えるだけでも四十は下らないというのに……更に補欠がベンチ森の中に控えているというのだから……。


 随分と層の厚い群れだよね?


「…………なんでこの集団にケンカ売ったの?」


 思わず疑問の声も漏れる。


 学校の仲良しヤンキーグループが県下最大数を誇る暴走族に抗争を仕掛けるようなものなのだから、それも仕方ないと言えば仕方ないことだろう。


 いくらおとこを売る商売だからってイキリ過ぎなんじゃない?


 族車か? 族車倒しちゃったんか?


 俺の思わずといった呟きに、青い顔の赤髪が体を細かく震わせながらも答えてくれる。


「い、いや……こ、ここまでの数じゃなかったんだ……俺達を追って来たのは……精々、二十を越えるぐらい……」


 実は十倍を越える数がまだ森にいるって言ったら驚くかな? サプラーイズ(死)。


 チラリと後ろを振り返れば散り散りになって逃げ出そうとしている子供達を、フランと……協力を要請されたのか大人側に回ったトトが必死に押さえつけていた。


 六人に手四本じゃ二つ足んないね? どうすんのかな?


 トトもそれを理解しているのか、恐慌を来たして逃げる残りの子供には、拾った木の枝やら石やらを投げて転ばせている。


 引き倒した子供を足で押さえつけているところが何とも上手い。


 それでもトトの遣り口を理解しているのか、後ろを見もせずに躱す子供も……あれ、案内役の少女やん?


 どっかのアホ毛を思い出させる体捌きである。


 異世界の少女って強いなぁ……。


 それは――見よう見真似でトトの真似をして案内役の少女を転ばせたフランを指した言葉でもあった。


 嘘みたいだろ……あれ、伝説の杖三杖なんだぜ……?


 レジェンド級の装備を足に絡ませて転ぶ少女は、まさかそれが百人の命を吸った忌まわしき武器だとは夢にも思わないだろう。


 倒れる子供達にフランが叫ぶ。


「逃げないで! 大丈夫だから! 最悪、私がなんとかしてあげるわ!」


 させねえよ。


 そのために痛む体を押して頑張ってんだっつーの。


「ビビンなカリュス! 元々あいつらは増えんのが厄介だから逃げてきたんだろ? 倍になったぐらいなんともねえよ!」


 後ろに気を取られているうちに――俺と赤髪の会話を聞いていたのか、最も前に陣取っている茶髪の冒険者が吠えた。


 いや、倍って言葉の頭に十がつきますけどね……へへ。


 しかも猿の魔物ってのがまた厄介そうだ。


 俊敏さ、力の強さ、獰猛さ……。


 更に厄介だと思われるのが、知恵をつけることにある。


 前世でも猿の被害というのは、その学習能力故に対策を越えて被害を拡大させてしまうことにあった。


 しかも相手はこの世界の特有種――――『魔物』なのだ。


 ゴブリンならダース単位であろうと殺し尽すことを選ぶ冒険者パーティーが、二十程度の群れに逃げの一手を打つというのだから……その厄介さも計り知れよう。


 威圧するように数を前面に出してはいるが、実はまだまだ奥に控えているという行為も奴らの知能の高さ故なのかもしれない。


 ああしていれば前の奴が壁になって奥を覗けないしね。


 何か相手を嵌める考えがあることは明らかだろう。


 それは勿論――――追われていたというのにこんな見晴らしのいい川辺りで休んでいた冒険者達についてもそうだ。


「――来るぞ! 予定通りに!」


 案の定な内容を叫ぶ冒険者に、今か今かと怒気を膨らませていた四本腕の猿が雄叫びを上げた。


「ケキャアアアアアア――――!!」


 『行ったらんかい!』とばかりに突っ込んでくる先頭の猿共。


 正直もうちょっと警戒して足を鈍らせているのかと思っていたのだが……所詮は畜生。


 警戒も何もあったものかとばかりに川に突っ込んでくる。


 勢いに任せて飛び込んではザブン! ザブン! と音を響かせていた。


 川幅はともかく川の深さはそれ程でもないのか

――猿共が川の真ん中辺りに到達したところで胸まで沈んだかどうかという深さだ。


 ――――しかし明らかに


 如何な魔物とて、水中では動きが制限されるという法則からは逃れられないのだろう。


「なッ?! 奴らまだまだいやがるぞ?!」


「構わずやれ! 変更は無い!」


 森の奥から出てくる追加の猿共に、それを見咎めた冒険者が悲鳴のような声で叫ぶ。


 動きを鈍らせた水中の猿共にボーガンの矢が一斉に飛んだ。


 文句を言いつつも仕事をする様は、なんだかんだとこいつらの優秀具合を表していた。


 肝心の弓矢なのだが…………その効果は微妙と言わざるを得ない。


 当たることには当たっている。


 恐らくはつるべ打ちのような効果を狙っていたんだろう。


 しかし猿共が強い。


 自らが足場の悪い所に踏み込んでいると理解しているからか、飛んでくるボーガンの矢を首の動きだけで避けたり、当たるとなると腕を犠牲にして止めたりと様々だ。


 効果は精々が――――である――



「――今だ!」



 赤髪の叫びと同じくして、川の中心辺りから爆音と共に巨大な水柱が空へと噴き上がった。


 ……いや、ほんと…………侮っちゃダメってことだよねぇ……。


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